ポップカルチャーを通して日韓関係の新時代をとらえる
- 法学研究科准教授権 容奭
2016年春号vol.50 掲載
権 容奭
1970年ソウル生まれ。専門は、東アジア国際関係史、日本外交史。一橋大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。2003年一橋大学大学院法学研究科研究助手、2004年同研究科専任講師を経て、2008年より現職。著書に『「韓流」と「日流」─文化から読み解く日韓新時代』(NHK出版、2010年)、『岸政権期の「アジア外交」─「対米自主」と「アジア主義」の逆説』(国際書院、2008年)、『日中韓ナショナリズムの同時代史』(共著、日本経済評論社、2006年)、訳書に李徳一著『イ・サンの夢見た世界─正祖の政治と哲学』(キネマ旬報社、2012年)、監訳書にチェ・ギュソク著『100℃』(ころから、2016年)などがある。
日韓のポップカルチャーの交流はもはや政治や外交の影響を受けない段階に
私は外交史を研究対象としています。これまで岸信介政権の日本外交史や東アジア国際関係史などについて研究を進めてきました。現在最も関心を持って見ているのが日本と韓国のトランスナショナルな関係です。国のトップ同士の政治外交ではなく、「文化」というキーワードから日韓関係をとらえ直してみると、新しい時代が見えてくると感じているからです。
私はソウルで生まれ、父の転勤で小学生の時に日本に来ました。その後東京、ソウル、ロンドンで過ごし、一橋大学入学後は主に日本での生活を続けています。来日前、私は日本に対して「サムライ」「軍国主義」などの怖いイメージを持っていました。しかしポップカルチャーによってその印象が払拭されました。ピンク・レディー、ビートたけし、「ザ・ベストテン」、プロ野球......当時のさまざまなポップカルチャーにふれることで、私にとって日本は「自由で平和で面白い国」になったのです。
韓国の友人にはぜひ日本のポップカルチャーを知ってほしいし、日本の友人にも、韓国には魅力的な文化があることを知ってほしい。そこで私は日韓の「ポップカルチャー伝道師」の役割を買って出て、個人レベルで橋渡しを始めました。そんな私にとって、映画『シュリ』の日本公開││私はこの時、通訳スタッフとして同行しました││や、その後の『冬のソナタ』「ヨン様」などに象徴される韓流ブームは、(関係の)「双方向性」を軸にした日韓新時代の到来を感じさせる現象でした。
注目すべきはその後です。確かに一時期のような韓流ブームは去りました。特に最近では慰安婦問題などで日韓関係がギクシャクしました。しかし、以前のように政治上の問題が生じても、即座に市民レベルの交流まで断絶することはなくなりました。日本には今でも韓流ドラマやK-POPのファンはたくさんいますし、韓国人にとって日本は渡航先として一番人気です。自治体レベルで行われる、若者向けの交流プログラムが影響を受けたという話も聞きません。人、モノ、文化の双方向な流れは不可逆的なものになりました。
つまり、日韓のトランスナショナルな関係が強化されているのです。文化交流を通して、互いに共感できる部分が多いことに日韓双方が気づき始めている。だから政治や外交の直接的な影響を受けない。日韓関係は多元化しており、「価値」を内包する文化の越境的拡散は、東アジア国際秩序の構造的変動にも影響を与えうるといえます。私が注目しているのはこの潮流です。
お互いに「両思い」である事実をマスコミはもっと知らせ合うべき
文化交流のレベルでは、もはや日韓は「両思い」と言えますし、そのことを裏付ける事実はたくさんあります。私は日韓双方の人たちにその事実を知ってほしいし、マスコミはもっと報道すべきだと思います。たとえば韓国の若者の間では、日本文学の人気はすっかり定着しました。村上春樹を筆頭に、東野圭吾、江國香織、宮部みゆき......名前を挙げればきりがありません。東野圭吾のデビュー30周年記念マグカップがあるほど、本当に愛されています。近年では小池龍之介、佐々木典士、近藤麻理恵などのエッセーも人気です。
優れた文学やエッセーは韓国にも世界にもたくさんあります。にもかかわらず日本の作品が愛されているのは、韓国の若者が日本文化に「オルタナティブ=代案」を求めているからです。過酷な受験戦争を経ても就職・結婚・出産などを諦めざるを得ない、超競争社会に生きる韓国の若者は、「青春文化」「匠の世界」「個の感情の機微」などをクールかつストレートに描く日本文学の中に、また、平和で自然と調和するスローライフ的な世界観に、自分たちの社会にはない代案を見出しているのです。
その代表格が村上春樹です。彼は韓国で親しみを込めて「ハルキ」と呼ばれています。昨年、ある旅行会社が「村上春樹作品・ゆかりの地を行くツアー」を行いました。驚いたのは、反日色の強い『朝鮮日報』が2面見開きの紙面を割いて、ツアーの様子を大きく報じたことです。しかし日本の人たちはそのことを知りません。
一方、早稲田大学では、10年以上前から韓国語スピーチ大会が開催されています。私も招かれて行ったのですが、日本人学生が原稿を持たずに流暢な韓国語でスピーチをする姿に感動しました。ある発表者は、韓流ドラマが大好きなお母さんの影響で、東方神起などK-POPを聴くようになり、そして「いつか自分も韓国語で歌えるようになりたい」と話していました。余興ではK-POPカバーダンスグループのパフォーマンスもあり、大変盛り上がりました。このようなイベントを、韓国の放送局が取材してくれたら、日本に対する一般の韓国人のイメージは一変するでしょう。日本の「主流」の中にも韓国文化は根付きつつある。安倍首相だけが日本ではない、という当たり前の事実に気づくはずです。政治や歴史問題に関する報道の重要性はもちろん理解しています。しかし外交史の専門家の立場から見ても、昨今の日韓の報道は、お互いに悪く煽っている印象があって残念です。
市民レベルの文化交流の成熟が東アジア全体に大きな影響をもたらす
「違う社会」に出会い、自己を客観化する。その上で異なる国や地域間で共感できる部分を見つけること。それが外交や国際関係を学ぶ一番の目的であると、私は考えています。外交史を研究していると、どうしても国家や首脳などエリートに焦点が当てられがちになります。しかし現代の外交の主人公は、エリートとは限らない。大統領よりも「ヨン様」のほうが、日韓関係を規定する上で大きな影響力を持ちえます。パブリック・ディプロマシーが重視される今日、BIGBANGや上野樹里などスターの役割はますます重要かもしれません。
日韓関係は、互いのポップカルチャーが好きと公言しても、何ら問題にならない程度に成熟してきました。「好き」という感情は「嫌い」というヘイトスピーチに屈しませんでした。過去2000年の日韓関係史において、これほど互いに接近している時代は初めてではないでしょうか。しかし、文化交流は始まったばかりです。特に韓流の場合、エンタメ中心の消費からより高い次元へと波及してほしいです。韓国は植民地と戦争と冷戦と独裁を経験し、民主化と経済成長を成し遂げ文化を輸出するに至った世界でも稀有な存在です。その国の発する文化には、自由や民主主義など普遍的なメッセージが込められているはずです。それを受け止めることができるか、そこに日本の将来がかかっているといっても過言ではありません。SEALDsに示されるように、ようやく日本の若者が声を上げるようになりました。民主化運動の伝統を持つ韓国では、若い世代が毎週のようにキャンドル集会でリベラルな主張を続けていますが、日本ではあまり注目されません。この度私が、『100℃』という韓国の民主化運動を描いた社会派漫画の日本での刊行に携わったのもそのためです。
文化交流を通じた日韓関係のさらなる成熟は、東アジア国際秩序にも影響を及ぼす可能性があります。韓流・日流の浸透による一大文化・経済圏の誕生という側面だけでなく、アジアのソフトパワー国家である日韓が発する文化に内包される普遍的価値が拡散することで、新しいトランスナショナルな東アジア国際秩序が胎動するかもしれません。
そんな未来に向けた第一歩は、決して難しいことではありません。ポップカルチャーにふれることから始めればいいのです。ですから私は学生に、「君の一生の時間のうち、たった2時間でいい、韓国映画を観てほしい」と話します。フランスの文豪ル・クレジオも「明日の映画は韓国映画か」と述べ、社会性と娯楽性を兼ね備えた韓国映画の作品性に注目しています。状況が許せば、授業やゼミでもそのような《文化実践》を取り入れるつもりです。そして学生と一緒に作品を読み解き、語り合いたいと考えています。(談)
(2016年4月 掲載)