「水」を切り口に、文理を超えた新しい知見を見出したい
- 社会学研究科教授大瀧 友里奈
2016年秋号vol.52掲載
大瀧 友里奈
学際情報学博士。東京大学工学部都市工学科卒。同大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了後、日本たばこ産業株式会社入社。社会人経験を経て東京大学大学院学際情報学府修士課程、同博士課程修了。東京大学大学総合教育研究センター特任助教、准教授を経て、一橋大学大学院社会学研究科准教授に就任。のち同教授に就任、現在に至る。主な著書にPetriS. Juuti, Tapio S. Katko & Heikki S.Vuorinen (ed.) Environmental History ofWater-Global views on community water supply and sanitation (co-author),IWA Publishingがある。
生活で使用する水の実態調査と水スマートメータのインターフェース及び計測技術の開発
私は水と人との関わりを中心に、環境に関連する研究を行っています。特に「水」を切り口として、生活の中でどのように・どのくらいの量の水を使っているのか、その行動はどのようにして決まっているのか、国内外を対象に、さまざまなアプローチを行っています。現在の具体的な研究テーマは、大きく二つ。生活の中で使用する水の実態調査と、水スマートメータのインターフェース及び計測技術の開発です。
まず生活の中で使用する水の実態調査ですが、家庭における用途別の水使用量(トイレ、洗濯、シャワー等、日常生活で使用する用途毎の水使用量)の実測や、使用行動、意識などについて調査を行っています。これまでは、タイ(チェンマイ、コンケン)、ベトナム(ハノイ)で研究を行ってきました。調査のプロセスで、水スマートメータのアイデアが生まれたのですが、それは後述します。
水スマートメータ研究は、各家庭の水使用量をどのように「見える化」すると水使用行動が変化するのか?ということを探るものですが、それと同時に計測技術の開発研究も進めています。
「水リテラシー」を通して豊かで快適な生活の可能性を探る
水使用の実態調査については、先述のようにタイやベトナムで計測を行い、研究を重ねています。アジアの国々では、水道が普及していなかったり、水道があっても限られた時間しか水が出ない地域が多いのが実情です。水のインフラを整備するには、どれくらいの質の水を、どれくらいの量用意したらいいかを把握し、施設整備や水源確保を考える必要があり、そのための基礎データをとることがこの研究の目的の一つです。
しかし、すべての地域に、今われわれが東京で使っているようなインフラを導入することは難しいだけでなく、必要なことではありません。むしろ、現在の東京では失われてしまった、用途によって水の質や量を使い分けるシステム──たとえば洗濯水には雨う水すいを使うなど──は積極的に活かしていくことが重要ですし、実はそのほうがむしろ先進的である、と私は考えています。
「水のシステム=水道による水のシステム」というスキームを変え、地域にあったやり方こそが豊かなシステムである、ということを示すべく「水リテラシー」という概念を提案しました。水を使う人間の意識や行動も含めた水システムをうまく動かしていくには水リテラシーが必須で、豊かな「水リテラシー」がなければ地域にあった多様なやり方は成り立ちません。
人間は誰でも、豊かで快適な生活をしたいと思うものです。この研究が、「地域の特性にあったシステムこそが豊かで快適なもの」という社会にしていくための礎になれば、と私は考えています。
水スマートメータによる使用量の「見える化」は水を使う人の行動をどう変えるのか
夢はとても大きいのですが、水使用の実態調査自体はとても地道なものです。用途毎の蛇口に計測機器を取り付けて、水の量を測って、計測機器を取り外して......ということを延々と繰り返して、データを積み重ねていくわけです。このプロセスやデータをもっと有効に使えないだろうか、という思いの中から「水スマートメータ」という発想が出てきました。
電気のスマートメータはすでに多くの人が知っていて、一般家庭への普及も進んでいます。家のどの場所で、どの家電を使っているか、消費量はどれくらいかが簡単に分かり、節電にも家計の節約にもつながるシステムです
結論から言えば、現段階では水で同じシステムをつくるのは技術的に難しいです。家の中のどの蛇口からどのくらいの量の水が出ているか、ということをリアルタイムで正確に把握することは、簡単そうでいて実はとても難しいのです。
そこで、水スマートメータ本体の開発を目指しながら、スマートメータのインターフェースについて研究を進めることにしました。つまり、どのくらい水を使っているのかという情報を、どのような方法で使用者に「見える化」すると、水の使い方に変化が生じるのか(あるいは生じないのか)を調べる研究です。
使用量を測る機器が、目の届く範囲に置かれていたらどうなるか。水を流すとどんどんメータが回る様子を見たら、人はどう思うか。それは、最初の数日間と2か月後では、同じなのか、変化していくものなのか──。情報のプレゼンテーションが水の使い方に与える影響を観察し、その時の水資源状況に合わせた行動につながる最適なインターフェースを考えていくわけです。この研究は、工学、認知科学、科学技術社会論の研究者とともに、まさに文系・理系の境界をまたぐコラボレーションとなっています。
文理の枠を超えた研究や交流ができる一橋大生がとても羨ましいし、期待もしています
一橋大学という環境は、私の研究にとって不可欠なものです。たとえば海外で水使用の実態調査をする場合、現地の大学や研究機関との連携が必要になります。一橋大学には、フィリピン、スリランカ、中南米など、さまざまな地域の研究をされている先生方がたくさんいらっしゃいます。伝つ手てやつながりを活かせるという意味で、とても助かっています。何よりも、私の研究を面白がって、「一緒にやりたいですね」と関心を示してくださることが嬉しいです。
水スマートメータの開発についても同じことが言えます。この研究には、計測技術だけではなく、マーケティング、行動経済学、認知心理学などの知見が重要になってきます。一橋大学はこれらの領域で最先端の研究がなされているので、先生方はもちろん、学生の皆さんからも新しいヒントを得ることが多いのです。特にビジネスモデルやスキームのアイデアは、私よりも学生のほうが豊富に持っていますね。
たとえば最近注目を浴びている「水ビジネス」について、私が提供できるのは主に水処理技術に関する情報です。一方で学生からは、「途上国で水ビジネスを成立させるなら最適なモデルは......」「料金の徴収方法は......」「行政・専門家・市民が担う役割は......」などのアイデアが出てきます。着眼点が違うので、お互いに情報交換しつつ文理の枠を超えて学びあうことのできる、素晴らしい環境だと思います。
文理の枠を超えるという意味ではもう一つ、お茶の水女子大学・環境工学研究室との合同ゼミという取り組みを行っています。これは「環境」や「水」について違うアプローチをしている学生間の交流を通して、さまざまな力を身につけていくための試みです。自分の研究について異分野の人に分かりやすく説明する力。相手の専門領域をある程度理解したうえでディスカッションする力。そして、多様性を受容する力──。こういう力は企業で働くうえで重要ですし、一橋大学の学生にこそ身につけてほしい力です。事前の勉強会では「難しい......」とつぶやいていた学生たちですが、フタを開けたら、いつも学内で行っているゼミとは違う角度からの鋭い質問やディスカッションができて、お互いに大きな成果を得られた実感があります。
学生時代から、文理の枠を超えた研究や交流ができる。そんな一橋大生を羨ましいと思いますし、将来的には企業人としても研究者としても、もっともっと良いものを生み出してくれるはず、と期待しています。(談)
(2016年10月 掲載)