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「利益」というコンセプトが世の中を回している

  • 商学研究科講師河内山 拓磨

2017年秋号vol.56 掲載

河内山 拓磨

河内山 拓磨

2009年一橋大学商学部卒業。2014年商学研究科博士後期課程修了。2014年4月〜2017年3月亜細亜大学経営学部講師を経て、2017年4月一橋大学商学研究科講師に就任。研究分野は会計学。著書に『International Perspectives on Accounting and Corporate Behavior』(分担執筆、Springer、2014年)がある。

企業が会計情報を使って、株主・投資家だけではなく「銀行」とコミュニケーションをとる方法を模索

私の研究テーマは、財務会計・企業財務などの会計学や経営学が中心になります。企業が会計数値を使ってどのように情報を発信し、社外のステークホルダーとコミュニケーションをとるか。近年、日本では会計情報の利用者として主に株主・投資家が想定され、彼らに有益な会計情報の提供や、彼らに投資してもらうための会計基準づくりが重視されてきたように思います。たとえば、国際会計基準などはその一例です。
しかし、ステークホルダーは株主や投資家だけではありません。銀行などの債権者もその一員です。後ほど改めて触れますが、特に日本企業の場合、フロー・ベースで見ると外部資金調達の約8割超が株式市場ではなく銀行から資金調達を行っています。つまり、銀行とのコミュニケーションにおいても会計情報は重要になるはずですが、ここがまさに"手つかずの領域"となっていると考えています。
手つかずになっているのは、簡潔に言えば、「データベースが無いから」です。融資契約ごとの借入金額・利率・返済期限などの情報は銀行にとって守秘義務の対象。私たち外部の人間は、債権者が融資にあたってどのように会計情報を利用しているのか、あるいは、どのような会計情報を欲しているのかについて詳細に理解することが困難な状況にあります。そのため、なかなか研究対象となりにくいのですが、私は根が"あまのじゃく"なので(笑)、「じゃあ自分がやってみよう」と奮起。情報を一つひとつ手作業で集め、融資契約における会計情報の扱われ方について分析を行っています。

バブルがはじけ、メインバンクシステムが後退しても、日本企業の資金調達の8割は銀行に依存する現状

企業のステークホルダーの中で、私が銀行に着目したのは「銀行がもう一度本業に取り組むチャンスを提供したい」という思いがあるからです。
銀行の本業とは、企業にお金を貸し付けて、その運用や返済の状況を管理し、貸し付けた利息で食べていく、ということになります。そしてかつての日本はメインバンクシステムのもと、企業が困ったら銀行が親身に面倒を見ることが通例でした。1990年代にバブルがはじけて不良債権が噴出、自己資本規制の問題などもあり、銀行は親身になる余裕を失ったのです。一つの企業に一つの銀行が対応するメインバンクシステムは後退、複数の債権者による協調融資(シンジケートローン)市場などが拡大しました。そして、近年はアベノミクスによる金融緩和やマイナス金利政策が進展し、銀行はお金を持て余すような状況になっています。
そうした中、銀行のお金は貸し付けではなく、リスクの低い国債への投資に回りました。一方で上場・非上場を問わず、約400万社あると言われている日本企業の資金調達先は、相変わらず銀行なのです。私の見立てでは、上場企業3700社に限ってみても、株式市場から積極的に資金を引っぱってきているのは恐らく上位200~300社前後。それ以外の上場企業の資金調達先は銀行やこれまでに稼いできた留保利益にあり、「資金調達以外の目的(信頼性の獲得、認知度の向上など)で上場している」と言える状況です。

企業に融資し、与信管理を行い、利息で食べていく。
銀行が再度本業に取り組むチャンスを提供したい

企業にとって、資金調達先としての銀行はまだまだ確固とした存在と言えます。銀行が企業に介入する余地は十分にあるのです。そこで私は、適切な融資管理方法のもと、銀行が新たな融資(=リスクテイク)を行うために、『財務制限条項の実態・役割・影響』という研究プロジェクトを行ってきました。
財務制限条項とは、融資契約で明記される債務者(借り手企業)が守らなければならない「約束事」のことです。具体的には、会計数値に依拠した、債務者の財務状況についての基準条件に関する約束事を意味しています。これに抵触した場合、債権者である銀行は企業に対して「貸付金の一括返済」を要求できるのです。しかし、日本では借入金契約において「純資産維持条項」や「利益維持条項」といったある種のひな型を利用する傾向にあり、抵触した場合でも一括返済を実行するケースは少ないのが現状です。このように見ると、あまり意味のない約束事に思えるのですが、分析を進めていくと、財務制限条項は銀行が借り手企業に介入し経営の見直しに向けた協議を行う契機となっていることが分かり、これは本業にもう一度向き合うチャンスを提供するのでは、と考えるに至りました。
実際、その後あるメガバンクの審査・融資・企画の各部門の方々が私を訪問してくださり、どのようなリスクテイクがあり得るか、どのような契約のつくり込みが可能であるか、について議論を交わす機会を得ました。昨年、金融庁が全国106の地方銀行の貸出業務に伴う収益見通しを試算し、「2025年3月期、半数超の地方銀行が赤字になる」と発表しています。銀行のビジネスモデルの再検討・再構築は喫緊の課題なのです。そして、その課題に向き合ううえで、銀行が新たな融資先を模索し企業への介入に積極的になれるような契約の結び方、会計情報のあり方・使い方が大事になってきます。

お金の使い方を批判するだけでは改善できない。
流れを知り、仕組みを提案するために商学部へ転学部

最初に私は自分を"あまのじゃく"だと言いました。それは私がもともと社会学部出身であることと無関係ではありません。
2005年、一橋大学社会学部に入学した頃の私は、「利益を稼ぐのは悪いことだ。もっと社会に還元すべきだ。貧しい人を救うべきだ」という(苦笑)青臭い情熱に身を焦がしていました。それは極端なとらえ方だとしても、たとえば、ODA(政府開発援助)などについて「無駄遣い」と批判されるような事例に触れ、お金の使い方・意思決定のあり方に誤りがあるのでは、と感じはじめました。そして、こういった事態を改善するには、ただ批判をするのではなく、仕組みを考案する側に回ることが重要だと気づいたのです。それには「お金の流れを知ること=会計を学ぶこと」だと考え、社会学部に籍を置きながら会計の専門学校に通いました。この知識をもとに会計を通じたマネジメント、すなわち経営学を正しく学びたくなり、商学部に転学部しました。
商学部では加賀谷哲之准教授のゼミを選択し、会計数値を分析しながら「世の中にとって価値ある提言を行う」という楽しさを覚えたのです。一部の株主や投資家、あるいは限られた上場企業向けの研究や情報提供ではなく、あくまで「世の中」にとって必要なものが何かを考えることが、私の研究の根幹となりました。
私は、「みんなが右を向いたら、左を」という考えをしがちなので、株主・投資家のための会計やガバナンスが進展してきたならば銀行に目を向けよう、と(苦笑)。ましてや、中小企業を含む多くの日本企業の「最後の頼みの綱」が銀行だとすると、その実態から目はそらせません。国債を買うのも、個人の顧客にカードローンを案内するのも一つの手法ですが、お金を貸して与信管理をしていくためにこんなツールがあると提案することに、強いモチベーションを感じています。

会計学がつくり出した「利益」というコンセプトが世の中を回している。
そこに会計学の面白さがある

私のモチベーションになっているのはもう一つ、会計学そのものの面白さです。
仕事柄、経営者の方々のお話を聞く機会があるのですが、皆さん口々に「会計は学んでおいたほうがいい」というようなことをおっしゃいます。経営学にはさまざまな領域がありますが、こと会社運営については会計ほどその重要性・現実性が叫ばれる領域はほかにないのではないでしょうか。これはあのゲーテも指摘していることです。
お金の流れを記帳する。そして多くの人が読める数値に変換する。その数値を今度はあらゆるステークホルダーの立場になって読む。そして、世の中の流れをつかむ......。よく「経済が回る」とか「利益が出たので配当をする」といったことを見聞きしますが、経済も利益も目に見えないし、手で触れられません。会計があってはじめて経済を認識し、いくら儲かったのかが「見える化」されるのです。
何より、会計学がつくり出した「利益」というコンセプトは、株価、配当、融資はもちろん、企業で働く従業員の方々の安心やモチベーションにも大きく影響します。つまり会計のコンセプトが世の中を回していると言えるでしょう。このダイナミズムこそ、私が会計を研究し続ける原動力です。
今後は、こうした会計数値をもとに経営者の能力を「見える化」する研究もしてみようと考えています。(談)

(2017年10月 掲載)