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制度と経営の観点から、工業デザインの国際競争力を立て直す

  • 経営管理研究科 経営管理専攻/イノベーション研究センター講師吉岡(小林) 徹

2021年9月28日 掲載

画像:吉岡(小林) 徹氏

吉岡(小林) 徹(よしおか(こばやし)・とおる)

2005年大阪大学法学部卒業、2007年同法学研究科修士課程修了。2007年より2012年まで株式会社三菱総合研究所にて科学技術政策の調査・研究を担当。2015年東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修士課程修了。2015年一橋大学イノベーション研究センター特任講師、2016年東京大学大学院工学系研究科特任助教を経て、2019年より一橋大学イノベーション研究センター講師に就任、現在に至る。技術者、デザイナーの持つ知識に焦点を当てた技術、デザインの開発マネジメントの研究のほか、産学連携のマネジメントや大学の研究活動のマネジメントについて組織の観点からの研究や大学発ベンチャーについて外的環境からの研究も行っている。知的財産政策の領域では法学との学際的な研究も行っている。

価値の創出や表現の手段として製品の工業デザインの重要性

2018年5月、経済産業省特許庁は、デザインによる企業の競争力強化に向けた課題を整理し対応策をまとめ、『「デザイン経営」宣言」という報告書を発表しました。同報告書は、デザイン活動の価値を認識し、デザインを活用した製品・サービスの開発や、デザイン活動を活かした組織の変革がより活発になることが「公共政策上望ましい」と強調しています。デザイン活動を促進する制度体系を整えることが求められているのです。分けても、価値の創出や表現の手段として製品の外形(インダストリアルデザイン、工業デザイン)の重要性は増しています。しかし工業デザインの国際競争力という観点において、新興国の競争力が高まった現時点では日本は難しい状況にあります。

その課題に対する突破口を見つけるため、私は技術経営、科学技術政策を専門とし、知的財産マネジメント、知的財産政策に関する実証研究を行っています。特に、デザインの創出過程にフォーカスした知的財産マネジメント、特許法及び意匠法(日本を含む東アジア・欧米など)といった知的財産法に関する研究活動が中心です。なお「デザイン」は定義によって対象が異なり、私の専門外となるものが出てきますので、ここでは製品自体のデザインに絞ってお話を進めていきましょう。まずはその前に、自己紹介をさせてください。

プログラムの著作権に物申すために、法学部での勉強を選択

私は高校時代、科学部に所属し、簡単なゲームのプログラムを組んで部内で競い合うといった活動をしていました。一緒に活動した部員の中には、その後ソニーやグーグルに就職した後輩もいて、なかなか刺激的な環境だったと思います。

当時、プログラミングの世界で話題になったのは、プログラムの著作権問題です。著作権は、いったん保護されると50〜100年は無断で利用・改変ができません。プログラムは、絵画などのような古典美術とは違い、改変・改良されていくことが前提のプロダクトです。自由に利用・改変ができないのはおかしい。という意見が、当時のプログラマ―達からあがっていました。「それはおかしい。ここは一つ、自分が勉強して物申すぞ!」という若気の至りから(苦笑)、大学では法学部に進み、著作権を学べるゼミに1年次から入りました。

しかしその鼻っ柱はすぐに折られることに。たしかに著作権法上はそうなっていても、「自由に使ってかまわない」「権利を放棄する」という契約を結ぶなど、制度の運用次第で問題は生じないことが分かったのです。打ちひしがれましたね(笑)。ただ、運用次第という点から制度の使い方に関心が湧き、修士課程まで知的財産について学び続けました。

コンサルタントの仕事を通して意匠制度と出合う

データによって実証をするアプローチを知ったのは、修士課程で著作権で保護される表現物の限界について研究している時のこと。個別の判例に依拠した法律学のアプローチに限界を感じていた私は、経済学のアプローチを交えて研究をしていた先輩から、「経済学的なモデルで説明がつく面があるのではないか。また、それを過去の裁判例から実証できるのではないか」と教えてもらい、経済学的なアプローチ、中でも計量経済学的なアプローチに興味を持ちました。

そしてある懇親会で、経済産業省の知的財産政策の責任者にその話をした際、三菱総合研究所の存在を教えてもらったのです。科学技術分野の政策に強く、法制度をイノベーションに接続するという課題に取り組みやすい環境の会社であるとのことだったので、「制度の上手な使い方をデータによって実証すること」を突き詰めていくため、私は三菱総合研究所に就職しました。そこで工業製品のデザイン保護や創作、つまり意匠制度に深く関わることになるのです。

当時、意匠制度は非常にニッチな案件だったため、対応できるシンクタンクは限られていました。三菱総合研究所はその限られたシンクタンクの中の1社で、私は政策のコンサルタントとしてメインで意匠制度に関わり、クライアントと相互に刺激し合いながら関心を深めていったのです。

デザイナーという"異質な"才能の貢献が日本企業の突破口になる?

もっとも、経験を積めば積むほど、優秀な先輩コンサルタントとの大きな差に気が付かされました。見聞きしたことをまとめているだけで良いと驕っていたのですが、それではクライアントの課題の根本に効き目のある提案ができていないと感じるようになりました。優秀なコンサルタントは自分自身の哲学を持っていて、だからこそ根本的な課題解決につながる提案ができていたのです。そこでいったん立ち止まり、東京大学の技術経営戦略学専攻の博士課程に入学。技術マネジメントという切り口で、知的財産をビジネスに活かすための研究に携わりました。

コンサルタント経験から、技術マネジメント一本では経営者も従業員も必ずしも動かせない、という肌感覚はあります。政策を使って促進すればよいのでしょうが、その設計の提案をするのには法律学のアプローチだけでは足りないことも、修士課程での学びから分かっていました。もう一つ、何か切り札が要る。そう考えながら、ソニーを題材にした演習で「優れた発明による製品と、その発明者」をリスト化していた時、リストに「デザイナー」が入っていることに気づいたのです。ソニー以外で同じようなリストがつくれるのは、日立製作所だけでした。

「製品開発にあたって、エンジニアやマーケターだけではなく、デザイナーという"異質な"才能を持った人が貢献すれば、新しいアイデアが生まれるのではないか」
「そういう環境がつくれるかどうかには、組織のあり方が影響しているのではないか」

これらの気づきを深掘りすれば、海外製品に押され気味の日本の現状を変える突破口になるかもしれないと考えました。それには、デザイナーの方々の創意工夫をどう引き出し、どうマネジメントするかを考え抜かなければ。この思いが、現在まで続く一連の研究の根本にあります。

意匠制度が促進の鍵の一つとなると考え、制度面についても研究をしました。意匠制度は国によって違いはありますが、日本の意匠制度は諸外国と比べても何ら見劣りのしない、整備された制度です。問題は生み出される工業デザインそのものが伸び悩んでいる点、それから、限られた企業だけが工業デザインに力を入れている点で、それはデザインを生み出す会社側の問題と言えます。デザイン面での冒険はしない。合意形成時に誰か1人が反対すれば製品化されず、手堅い製品しか世に出せない。このような課題があり、大手メーカーの優秀なデザイナーの知見が、習得熱心な海外の会社や技術者に流出していってしまうのです。この状況を課題視したのが、冒頭に紹介した経済産業省特許庁による「『デザイン経営』宣言」であり、デザインの観点から国際競争力を立て直すことは喫緊の課題と言えます。

制度と経営の接点を研究するうえで、商学部・経済学部・法学部・社会学部が揃った環境は得難い存在

その課題に向き合ううえで、一橋大学という環境は得難い存在です。制度と経営の交錯領域という突破口に気づいた後、私は縁あって一橋大学に赴任することになり、その豊かなコンテンツに感謝しながら研究を行っています。

社会科学のみの小規模な大学ではありますが、商学部・経済学部・法学部・社会学部が揃っています。イノベーションを実現させる組織の基盤に関する知見は商学部に、モデル化し政府や組織を説得するための知見は経済学部に、意匠制度をはじめ知的財産制度をうまく活用する法的基盤の知見は法学部に、製品を普及させる社会学の知見は社会学部に......というように、各学部に蓄積されたリソースを活用することができます。研究を技術面から深めていく場合には、四大学連合(東京医科歯科大学・東京外国語大学・東京工業大学・一橋大学)を活かすことも可能です。

これは私の専門領域から一橋大学を捉えたときの有用性ですが、まだ専門領域を持たない学生の皆さんは、これからこの環境を活かすことができます。何かを学びながらも、「これでは足りない」と気づいた時には、いったん立ち止まることをお勧めします。そして、一橋大学が持つ豊かなコンテンツの中から、自分に足りないものを選び取り、学び直す。これを繰り返していけば、社会に出てからも、たとえば思い切って1〜2年間ビジネススクールで学ぶような決断力と柔軟性を発揮することができます。私はそんな勉強熱心な社会人の方々を、一橋ビジネススクールで見てきました。学生の皆さんも、ぜひそんな先輩たちのように学び続けてほしいですね。(談)