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地球を正確に"監視"する技術を追求する

  • 社会学研究科教授大坪 俊通

2019年12月24日 掲載

大坪 俊通氏

大坪 俊通(おおつぼ・としみち)

1993年一橋大学法学部卒業後、郵政省通信総合研究所入所。1998年、イギリスNERC Space Geodesy Facility 客員研究員(2年間)。2001年、通信総合研究所(現・情報通信研究機構)鹿島宇宙通信研究センター勤務(現・鹿島宇宙技術センター)。2001年、信州大学工学部情報工学科にて博士(工学)取得。2007年、一橋大学大学院社会学研究科専任講師。2008年、同准教授。2012年、同教授。国際レーザ測距事業(ILRS)評議会議長。GGOS Japan 座長。国際測地学協会(IAG)執行委員。

「海面が1年間で3mm上がる」ことはなぜわかる

私の研究領域は、「宇宙測地学」および「精密軌道決定」です。1957年にソ連が「スプートニク1号」を打ち上げて以来、今日まで数々の人工衛星が打ち上げられています。人工衛星は、通信、放送、気象観測、測位、地球観測などに不可欠のものとして、人間の生活に重要な役割を果たしています。

私は、人工衛星の軌道を、わずか数mmないし数cmの誤差という精度で計測する技術を研究しています。この計測技術のデータによって人工衛星の軌道を計算することができ、人工衛星が所期の目的を果たすことを支えていると自負しています。

この技術が人類にどう貢献しているかという面でいえば、身近なところでは地図の作成やナビゲーションシステムなどが挙げられるでしょう。そして、今ホットなテーマといえるのが、地球環境の観測です。近年の地球温暖化で極地の氷が解けるなどして海面が1年間で3mm上がった、といった報道に接することがあります。海面の高さを測定しているのは人工衛星ですが、そもそもその衛星の位置を正確に測定できなければ、3mmという数値を割り出すことはできません。平時の測定データを蓄積し続けることで、有事の際にその度合いを測ることもできます。東日本大震災で地面が5mも動いたと分かるのも、この取り組みの成果です。このようにして、世界中の機関が地球環境の変動を常に測定し続けているわけですが、その測定そのものをより正確に行えるようにするところに、私の行っている研究の意義があると考えています。

さまざまな測位方式の長所を持ち寄る

では、どのように人工衛星との距離を計測(測距)しているか、簡単に説明します。私が研究テーマとしている技術は「衛星レーザ測距」(SLR:Satellite Laser Ranging)といって、地球上のパルスレーザ装置から発したレーザ光線を、光学望遠鏡を通じ、人工衛星に取り付けたレトロリフレクタ(逆反射鏡、コーナーキューブリフレクタ)に照射し、その反射光を受信するまでの時間をストップウォッチで距離を測定して算出するというもの。当該装置は億円単位の高額で大型なもので、本学などが所有することは現状では難しく、私は前職の情報通信研究機構や宇宙航空研究開発機構、海上保安庁といった所有研究施設と連携する形で研究活動を行っています。

測距は、SLRだけでなく、VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)、DORIS(Doppler Orbitography and Radiopositioning Integrated by Satellite:電波灯台)、GNSS(Global Navigation Satellite System/全球測位衛星システム:アメリカのGPS、ロシアのGLONASS、EUのGalileo、日本の準天頂衛星等の衛星測位システムの総称)なども用いて行います。それぞれ長所と短所があり、補い合う関係を活かしているわけです。たとえば、GNSSは電波を用い、狭い範囲の測定には向いていますが、人工衛星の測距といった全球的な測定には不向きです。一方、SLRのレーザ光はさまざまな誤差が小さくなるというメリットがあり、全球的な測定に向いています。

国際的な協力体制の構築が大きなテーマ

こうした広範囲におよぶ測距において不可欠となるのが、国際的な協力体制です。そこで私は、1997年に世界の測距局、解析センター、データセンターなどが加盟して発足した国際レーザ測距事業(ILRS)評議会議長として、グローバルな協調体制づくりにも取り組んでいます。国の利害がぶつかる局面もあるので運営は簡単なものではありませんが、国際協力事業の運営には、一橋大学のノウハウが活かされる余地も多いと思います。

このグローバル体制の上に、GGOS(Global Geodetic Observing System:全球統合測地観測システム)が構築されています。これは、国際測地学協会(IAG)の旗艦的な観測システムであり、地球の幾何学的形状、重力場、地球回転という測地学の基本的な3つの観測量を統合して高精度に観測し、その変動をモニターするもの。これによって、あらゆる地球関連科学とその応用分野にとっての基盤となるグローバルな基準系を維持しています。

日本は、2002年まで独自の「日本測地系」を採用していましたが、グローバルな技術の発達などに鑑み、同年から「世界測地系」に移行しました。その移行までは、両者の間に400mものズレがありました。これが何を物語るかというと、日本測地系を採用している船と世界測地系を採用している船が、その400mのズレによって衝突するリスクがあったということです。ここに、グローバル基準の重要性が象徴的に凝縮されていると思います。

地球全体に数多くの観測局設置が課題

ILRSなどの取り組みが認められる形で、2015年に国連総会本会議において、地球規模の測地基準座標系の重要性が認識され、加盟国全体で連携して測地基準座標系を維持することを推奨する決議が採択されました。地球環境の監視や世界共通の地図作成、国境を越えた海や空の交通などにおいて、正確な位置情報はますます重要になっているといえます。これからの時代に求められる社会的基盤技術として、GGOSの発展と寄与が求められているのです。

ちなみに、世界における日本の宇宙測地技術はトップレベルであるといえます。日本では、情報通信研究機構(小金井、鹿島)、国立天文台(水沢)、国土地理院(石岡)、海上保安庁(下里)、宇宙航空研究開発機構(種子島)、国立極地研究所(南極・昭和基地)という6機関・7観測局を擁しています。優れた研究成果も日本から発信されています。

今後の大きな課題としては、測地の正確度を高めるためにも、観測局をもっと多く設置することが挙げられます。特に赤道周辺や南半球に不足していますが、当該地域は新興国や途上国が多く、高額な装置の導入が困難という事情もあります。そこで、装置の小型化による低価格化といった開発を求めていきたいと考えています。

数値把握能力やグローバルな視点が養える

研究者としての探求ポイントは、次のようなことではないかと思っています。宇宙測地においては、大気の状態や重力、太陽光といった諸要素の影響を受けるので、誤差を数センチの範囲内に収めるのは非常に難しいことですが、そうした中で、観測値を思うように説明できるモデルを発見できた時が、研究者として最も喜ばしく思う瞬間です。

そして、この研究は測地学や宇宙工学、地球物理学、天文学、そして社会科学にもまたがる学際的な研究であるともいえ、社会科学の大学である一橋大学に所属する点においても極めてユニークな存在であると思っています。

一橋大生が私のゼミで学ぶ意義としては、3点ほどが挙げられると考えています。一つめは、文系中心の本学において、理系の人たちがどういったことを喜びにしているかが理解できること。理系人材とともに仕事をする際に役立つと思います。二つめは、数的把握力が身につくことです。たとえば、社会学部の学生がマイノリティについて考えるといった場合、その数が0.2%なのか、2%なのか、20%なのかというエビデンスを踏まえた議論をしないと、実相が把握できません。こうした数値把握能力が修得できます。三つめは、国際協力を組み立てていく現場を通じてグローバルな視点を涵養できること。宇宙測地は軍事と隣接するデリケートな面もあり、国際協力の在り方や進め方を研究する題材としては恰好のものかと思います。世界の現状を俯瞰しながら、何が課題でどうクリアしていけばいいかを考える力も養えると思います。(談)