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実証研究向けデータのトレジャーハンターとして

  • 経営管理研究科准教授宮川 大介

2018年10月25日 掲載

宮川 大介

宮川 大介

1998年早稲田大学政治経済学部卒業。同年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学後、2006年に経済学修士号(M.A)、2008年同経済学博士号(Ph.D.)を取得。2013年米国ハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究所研究員、2014年日本大学経済学部准教授を経て2015年一橋大学大学院国際企業戦略研究科(現:経営管理研究科)准教授に就任、現在に至る。

ビッグデータをフルに活用することで
多岐に亘る対象を実証的に分析する

私は、主として企業・個人単位で計測された大規模高次元データ(ビッグデータ)を用いた実証研究を行っています。研究のスタイルとしては、経済主体の「行動解析」という大きな枠組みのみを設定し、テーマを特に制限することなく研究を進めています。結果として、分析対象は企業の参入・退出、成長、生産性、設備投資、研究開発、資金調達、海外展開(輸出、直接投資)、プライシング、取引ネットワークの生成、事業所の移転、現金保有、資本構成、個人のトレーディングや資産選択など多岐に亘ります。近年では、分析用のビッグデータを公表データや政府統計から構築するだけではなく、さまざまな民間企業との共同研究契約関係の下、各社の保有する秘匿データを用いた研究も行っています。こうしたデータを用いた分析に適する「機械学習手法」を用いた研究が、最近の大きな関心事です。
なお、こうした企業・個人レベルのビッグデータを用いた分析とは独立した研究テーマとして、fixed income securities(国債、社債、CDSなど)や仮想通貨に関する売買データなどのミクロデータを用いた実証研究も行っています。
正直言って、研究テーマが「とっ散らかっている」と自分でも思います(苦笑)。

「因果関係」と「予測」
両者の峻別が必要

研究者にとっては当たり前でも、実務家・政策担当者に十分理解されていないポイントとして、因果関係を識別することと予測を行うことの違いがあります。この点は、ビッグデータを用いた分析を行う際に最も重要となる「マナー」の一つでもあると考えています。
たとえば、「働き方改革」の一環として行われた、残業の削減と生産性の関係を考えてみましょう。前者の「因果関係を識別する」とは、残業を減らした結果、生産性がどのように変わったかを正確に把握することです。
対して後者の「予測」においては、残業時間のほかに、例えば、社内の360度評価、外国人上司の登用、中途採用の促進......などの各社の取り組みを含むあらゆるデータを活用して、将来の一定期間内に生産性が上がるかどうかを、因果関係の識別は一旦捨象した上で、なるべく高い精度で予測しようとするものです。一般的に、経済活動の有様を記録した観察データのみを用いて、因果関係を識別するのは簡単ではありません。予測分析においては、この点を一旦横に置きつつ、目的にあった精度の高い予測を行うことに注力するという違いがあります。
こうした「予測」に適しているのが、冒頭でふれた機械学習手法です。実際の手順としては、まず、観測数が多く、多様な変数を含む、大規模高次元データを集めた上で、ワークステーション内で予測モデルをトレーニングします。その上で、トレーニングしたモデルの精度がどの程度の水準かをテストし、十分な精度が出ていれば、実務的な課題へトレーニング済みモデルを用いることで、予測結果を得るという段取りになります。
なお、最近では、こうした予測の結果を、因果関係の識別に上手く活用するという研究テーマが注目されています。実務家・政策担当者との議論においても、予測だけでは不完全燃焼であり、因果関係の識別まで行いたいというニーズが多くあると感じています。今後はこうした方向性がより重要になるでしょう。

ビジネスや政策に関心の有る実証分析家にとって
日本の環境はまさにパラダイス

実証研究を中心に仕事をしている私から見ると、日本はデータパラダイスと言えます。このことに気づいたのは、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)経済学部大学院で博士号を取得し、帰国してからでした。
UCLAで私が師事したアドバイザー(Hugo Hopenhayn教授)は、産業組織論とマクロ経済学の分野で大変影響力のある理論モデルを構築した著名な研究者です。私が大学院を修了するにあたり、彼から、「君は理論家としてオリジナリティの有るモデルを作るという仕事には向いていない。むしろ、優れた理論を読み込んだうえで、データを集めて面白い応用研究をすべきだ」と言われました。理論家から、理論家には向いていないと言われるのは若干ショックではありましたが、悲しんでいても仕方ないので、このアドバイスを素直に受けとめることとし、日本に戻った私は、政策立案や企業経営の観点から役に立つ応用研究に取り組もうと決めました。そしていざデータを収集しようとした時に、日本の環境の良さに気づくことになります。
例えば、経済産業省が所管する「企業活動基本調査(企活)」や「海外事業活動基本調査」といった政府統計が存在します。「企活」の調査対象は、従業者50人以上で、資本金・出資金が3,000万円以上の製造業・鉱業・卸売業・小売業その他いくつかのサービス業に属する全ての日本企業です。この調査結果は、従業者数、売上高、仕入高、輸出入額、研究開発、財務データなど膨大な情報が計測されている夢のようなデータセットとしてまとめられており、しかるべき申請を行うことで研究目的での利用が可能となります。私が複数の研究プロジェクトに参画している独立行政法人経済産業研究所(RIETI)のサポートもあり、現在では、こうした大規模データを研究目的で利用することが可能となっています。
また、私の中核的な共同研究先である株式会社東京商工リサーチ(TSR)では、数百万社を対象として、企業活動の様々な側面のほか、経営者の状況、取引先やメインバンクとの関係などについて詳細かつ膨大な情報をデータベース化しています。このようなデータは世界的に見ても極めて貴重なものです。
このように、実証研究に利用可能なデータが日本には豊富に存在している、という発見が、実証研究家として生きていくという決意を確かなものにしてくれました。

中小企業庁のプロジェクトを通して
データ活用の余地を再確認する

日本では確かに豊富なデータが利用可能である。しかし実務的には必ずしもうまく活用しきれていない......私にはそんな印象がありました。例えば、私が現在進めている研究の一テーマでもありますが、取引先の探索や取引関係の開始に当たって、企業の経営者が必要な情報を十分に活用できているかといえば、疑問な点が多くあります。データが存在するだけでは実務的には意味がありません。うまく「料理」して流通させることで、データのより良い活用を模索する余地が、日本にはまだまだある......と感じています。
TSRとの共同研究として取り組み、中小企業庁での政策実務で採用された「廃業予測プロジェクト」は、こうした印象をより強い確信に変えるものでした。
現在政府が取り組んでいる事業承継支援は、将来性のある日本の中小企業が後継者不足などの理由で廃業してしまうことを避けるために政策的な支援を行おうというものです。この際重要となるのが、どういった企業のリストを念頭に置いて政策資源の配分を検討するかです。単純に廃業の可能性が高い企業のみをリストアップするだけでは、「将来性のある企業の望まざる廃業」を防ぐことにはなりません。そこで我々はTSRの保有するビッグデータに機械学習手法を用いることで、廃業予測に加えて企業の成長可能性に関する予測を行い、これら複数の予想結果を組み合わせることで、支援対象となり得る企業群のリストアップを高度化することに成功しました。こうした分析結果は、実際の政策運営において参照されています。データを使った分析に対する潜在的なニーズは大きいと言えるでしょう。なお、この研究で我々が開発した技術は、一橋大学にとって第一号となる特許出願の対象として手続きが進んでおり、社会科学系の大学が知財分野でどの様に研究活動を進めていくかを検討する上でのモデルケースとしても注目されています。
なお、こうした取り組みは、派生的な幾つかの研究テーマに発展しています。例えば、事業会社が営業先を開拓するというシーンや、金融機関が融資先を開拓するというシーンにおいて、こうした予測に基づいたリストアップは有効となりえます。自分たちの研究が、政策やビジネスにも活かせるという感触は、私の研究を支える重要な拠り所となっています。

一人の力には限界がある、
「その道の玄人」と切磋琢磨する

冒頭で研究テーマが「とっ散らかっている」ように感じていると申し上げましたが、意識してこうしたスタイルを選んでいる面もあります。これは、一つのプロジェクトでの経験や成果が、適切なアナロジーの下で全く異なるテーマにも応用可能である、ということが経験を踏まえた実感としてあるためです。
こうした実感を踏まえて、私が仕事のルールとして大切にしているのは、今の自分の力だけに拘らない、ということです。一橋ビジネススクールの同僚である優れた研究者をはじめとして、行政、金融機関、監査法人、事業会社、マーケティング会社、信用調査会社......あらゆる分野に「その道の玄人」がいます。こうしたプロから、特に個々のドメインに固有の知識をできるだけ多く吸収し、私からも実証研究家として得てきた知見をお裾分けする。このような協働関係を構築することで、より有用な研究が可能になると考えています。共同研究を進めていると、「こういうことに使えたのか!」という応用面での発見や、「こういうことを考えると喜んでもらえるのか!」という研究の方向性に関するサジェスチョンが得られます。日々、楽しみながら研究に取り組んでいます。
一方で「その道の玄人」の方々と向き合えば向き合うほど、自分自身のアイデンティティをどこに置くべきか、悩む時もあります。そこで今、私が一番しっくりきている考え方は、「実証分析用の素材(データ)を集めるトレジャーハンターとしての役割を意識しよう」ということです。私の周りには、斬新な理論やモデルを構築して、美味しい「料理」として盛りつけられる優秀なシェフ=研究者がたくさんいます。ならば私は貴重な「素材(データ)」を収集してくるハンターとして研究コミュニティに貢献しよう。そう考えています。勿論、目的無き収集から大きな価値は生まれません。社会科学の研究者が取り扱うべき重要な問題は何かということを常に頭に置きつつ、自分の役割を果たすことが重要だと考えています。

ゼミでは学生自身に内在するテーマを
引き出し、ゴールまで一緒に泳ぎたい

こうした私の「とっ散らかった」研究スタイルを反映してか、私の修士・博士ゼミでは、多種多様なバックグラウンドを持った学生が極めて幅広いテーマで研究をしています。ゼミに所属する学生は、銀行、証券、商社、メーカー、信用調査、教育、政府機関、監査法人、など多種多様な業種で活躍している社会人です。中には、お医者さんもいらっしゃいます。私の基本的な信念は、最低限のスキルセットを正しく身に付ければ、幅広いテーマを分析対象にできるというものです。学生の皆さんは、例外なく、日本経済にとって重要な役割を果たしている企業・機関で要職につき、個々の問題意識を練りながら、仕事をしている人たちばかりです。こうした環境で私がすべきなのは、研究テーマを押しつけるのではなく、学生自身に内在する問題意識を最大限に尊重しつつ、実務的・学術的に面白いテーマをうまく引き出すこと。そして一緒にゴールまで泳ぎきることです。そんなパートナーとして私を活用してもらえたら嬉しいですね。(談)

  • CDS:Credit Default Swapの略。クレジット・デリバティブの一種。