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資本構成、多角化、M&A......その現実から新しい金融理論を模索する

  • 国際企業戦略研究科教授伊藤友則

2013年夏号vol.39 掲載

「金融理論は本当に正しいのだろうか?正しかったとしても、それは実際に日本で応用できるのだろうか?」......これが、私が金融界で仕事をしてきて、次第に疑問に感じるようになったことです。そこで「より現実的な企業金融とは何だろうか?」ということを自分なりに考え始めるようになりました。アメリカで生まれた企業金融の理論を直輸入するのではなく、日本企業の置かれた歴史的、文化的背景をも勘案しながら、現在の日本企業にとってのあるべき実践的企業金融の姿を模索していくことを私の仕事にしたいと考えています。

伊藤 友則

伊藤 友則

1957年生まれ。1979年東京大学経済学部卒業、同年東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行、1984年ハーバード大学経営学修士(MBA)取得、1990年東京銀行信託会社ニューヨーク支店インベストメント・バンキング・グループ バイスプレジデント就任、1995年スイス・ユニオン銀行(現・UBS)東京支店入行、1997年同行東京支店長兼投資銀行本部長就任、1998年UBS証券会社投資銀行本部長就任、2011年退職。同年4月より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2012年教授(現職)。

負債最大化理論(最適資本構成)が金融危機で破綻?

テーマの一つが「資本構成」です。金融理論では、負債を増やすことで企業価値の最大化を図り、株価も最大化するのが正しいとされています。このような状態を「最適資本構成」と呼んでいます。投資銀行の多くも、日本企業にこのようにアドバイスしています。ところが現実では最適資本構成をぎりぎりまで追求すると大変なことになってしまうことがあるのです。借入を最大化して、平時においてはこの最適資本構成の状態にあった企業が、先の金融危機では、資金調達がなかなかできず、危機的状態になったり、なかには倒産してしまった企業もあります。
かつての安定した静的な状態では正しかった理論が、変動が激しくなってきた現在では通用しなくなっているのです。私自身が投資銀行勤務時代に体験した案件に、大手金融関連企業のケースがあります。金融危機前には借入を最大化して、数兆円の借入金がありましたが、業績も良く、時価総額も3兆円以上ありました。私はこの時は最適資本構成に近かったのだと考えています。ところが、金融危機でその多額の負債が重荷になり、高かった株価もピーク時の1割以下まで下がってしまい、経営危機のうわさまで流れるようになってしまったのです。そんな時、公募増資のお手伝いをすることになったのです。この増資により負債比率が下がり、資本にも余裕ができ、経営陣の高い危機対応能力もあって、その企業は完全に息を吹き返し、優良企業として復活することができました。復活したから良かったものの、最適資本構成を追求したお陰で危ない思いをしてしまったのです。
私は現在のような変動の大きい時代においては、企業は最適資本構成をぎりぎりまで追求してはならず、資本構成のバッファー(余裕)を十分残しておくことが重要だと思っています。それにより、多少は資本構成上の非効率が生じ、短期的には株価も最大化できなくてもいいと考えています。突然危機が起き、借入過多で破綻してしまうリスクを負うよりも、長い目で見て企業価値の最大化ができるのだと思っています。

多角化は本当に悪か?

経営の「多角化」もテーマの一つです。現在の金融理論では、多角化は望ましくないものとされていました。1960年代のアメリカでは、コングロマリットがはやったのですが、次第に経営の非効率が生じて株価も下がるという現象が起きるようになりました。これを「コングロマリット・ディスカウント」と呼んでいます。一般的な金融理論では、多角化は投資家に評価されず、株価も下がるので好ましくないと言われています。しかし、私が見てきた事例では、特定の商品に過大に依存していた会社が、その商品の売れ行きが悪くなったり、その価格が大幅に下がった結果、破綻したり、その寸前まで追い込まれるという企業を多く見てきました。
逆に、ある大手電機メーカーなどは、多角化していたがゆえにリスクへの耐性があり救われたという事例もあります。この企業の事業の柱の一つはフラッシュメモリーで、そのほかに発電などのインフラ事業、家電事業などを展開しています。2004年頃にはフラッシュメモリーの収益性が高く経営に貢献していました。その頃の投資家やアナリストたちの論調は、「メモリーに特化せよ」といったものでした。実は、私もそのように言っていた1人でした。ところが会社側は、そうした対応をしませんでした。その後、2008〜2009年の金融危機では、全社的に赤字で、なかでもフラッシュメモリーは大赤字になりました。この時、赤字の縮小に貢献したのが社会インフラ事業で、多角化により収益の平準化ができたのです。投資家の視点で見ても、ある程度事業が多角化している会社(但し、むやみな多角化はだめ)の方がリスク耐性があり、安心して投資できる会社ということになるはずです。金融理論的に言うと資本コストが下がり、却って株価は高くなるという現象が起きるはずだと私は考えています。

M&Aの成功・失敗には共通項がある

「M&A」も重要なテーマの一つです。特に1980年代後半や2000年前後のITバブル時代には、日本企業は活発にM&Aを行いました。しかし、その大部分が失敗に終わっています。なぜ、失敗してしまうのでしょう。逆に、成功事例はなぜうまくいっているのでしょう。
先頃2期連続最高益を出したことが報道された日本たばこ産業は、二度の巨大M&Aを行っています。1999年にRJRナビスコ社の米国外のたばこ事業(RJRI)を約9400億円で、2007年にイギリスのギャラハーを約2兆2000億円で買収し、日本企業の海外企業買収としては最大の買収を行っております。同社の買収前の海外販売数量比率は7〜8%程度でしたが、現在では約80%に。営業利益の内、海外部門の占める割合も7〜8%から50%超へと増大しました。この二度の買収がなければ、日本たばこ産業という会社の姿は、全く違っていました。海外買収が経営に貢献している珍しい事例です。
NTTグループは、3年前に当時の副社長が陣頭指揮を執って、南アフリカのディメンション・データを約3000億円で買収しました。これは、かつての自社や他社の失敗事例を徹底的に分析・研究をしたうえでの買収で、私はうまくいくと考えています。
国内外の事例を見ると共通した失敗点があることがわかりました。たとえば、社員の処遇では、どうしても買収した側が相手を飲み込んでしまうというイメージがあります。すると、買収された側の人材、とりわけ優秀な人材は、やる気をなくして会社を離れてしまうのです。買収後のポストの割り振りは、出身企業にかかわりなく能力に従って公平に行うことが重要なのです。何事にもセンシティブな対応が欠かせません。また、統合に要する時間を短縮化することもM&Aを成功へと導く重要要素だということがわかってきました。欧米では約100日間を目安に統合計画を立てるのが一般的です。時間がかかりすぎると従業員が不安になって、本業に身が入らなくなるからです。
ほかに、買収価格の問題もよく議論されています。ここで重要になるのが、買収のタイミングです。好景気で周りが騒いでいる時こそ、慎重に判断しなければいけません。特にバブルのような時に買収をするとなかなか成功しません。

企業金融(財務)はゴールキーパーだ

経営者を目指している大学院生には、「企業金融(財務)はスポーツで言えばディフェンスだ」と言っています。サッカーで言えばゴールキーパーの役割です。企業金融がうまくいってもそれだけで会社を成長させることはできません。技術力や販売力、製品といったフォワードが点を取ってくれないと、企業金融がどんなに守備を固めても勝てないのです。しかし、企業金融が失敗すると会社の破綻を招くこともあります。ゴールキーパーがしっかりしていないとフォワードがいくら点を取ってくれてもゲームには負けてしまうのと同じで、会社にとってはとても大事なのです。企業金融の役割は、あくまで会社を守っていくことで、企業金融で積極的に企業価値をつくり出そうとすると財テクで大損したり、エンロンのようなことになってしまいます。
この視点に立てば当然、金融機関との付き合い方も違ってきます。企業にとって、銀行の最も重要な役割は最後の貸し手になってくれることです。金融危機が起こったりして、どうにも資金が回らなくなってしまった時に、融資してくれるかどうかは死活問題です。そういう関係を構築することが最も重要なのです。

変動の時代が金融理論を陳腐化した

金融理論と現実の経営実態との齟齬が生じた最大の要因は、世の中の動きが速くなったからです。運輸手段と通信手段の発達により情報の拡散が速くなったのと同時に、世界的な資本の移動も飛躍的に速くなりました。また、世界の経営学の潮流をつくってきたアメリカ型の経営理論を単純に日本に持ち込むことには無理があると私は考えています。同じビジネスであっても、歴史も文化も違う国なのですから、アメリカ的経営理論が日本に合うものもあれば、合わないものもあるのです。表面的には同じ課題に見えても、アメリカとは違った解があってもおかしくありません。日本の多くの経営者は、直感的に理論と現実は違うと思っていて、アメリカの金融理論のすべてを受け入れているわけではありません。ただ、それを全否定してしまった結果、経営改革が遅れてしまったという面もあると私は思っています。重要なのは、国を超えていい経営を行っている企業の戦略に注目する一方で、選択する目を養うことです。
ファーストリテイリングや日本たばこ産業、ローソンなど、日本企業にもいい経営をして業績を伸ばしている企業がいくつもあります。こうした世界に誇れる優良企業の存在を、国内外にもっと発信しながら、経営を支えているさまざまな要因について分析・研究を進めていきたいと思います。(談)

(2013年7月 掲載)