hq41_1_main_img.jpg

「何をつくるか」から「どう売るか」へ。 日本企業が新興国で成功するために、今、何をすべきか

  • 商学研究科准教授上原 渉

2014年冬号vol.41 掲載

上原 渉

上原 渉

2002年一橋大学商学部卒。2005年修士、2008年博士課程修了。武蔵野大学政治経済学部専任講師を経て、2012年より現職。日本企業の新興市場におけるマーケティング戦略に関する研究を行う。近著に『日本企業のマーケティング力』(共著、有斐閣、2012年)がある。

日本企業はなぜ新興国で苦戦するのか。
海外赴任の機会が多い一橋生にこそ学んでほしい

私は現在、共同研究で「新興国における日本企業のマーケティング」というテーマに取り組んでいます。新興国において、日本企業はエンドユーザーを獲得するためにどのように戦っているのか。ふだん日本にいると案外見えないものです。実際に調査してみると、日本では安泰というイメージを持たれている大企業でも、新興国では苦戦を強いられているケースが少なからず見受けられます。モノづくりに関して世界に誇る技術力を持っている日本企業が、なぜ苦戦するのでしょうか。おそらく日本企業は「何をつくるか」を突きつめることは得意でも、「どう売るか」については必ずしも得意ではないのでしょう。その課題が海外ーー特に東南アジア各国のような新興国ーーに進出するプロセスのなかであらわになってきた、と私は考えています。
研究のプロセスとして、最初に日本国内におけるマーケティング活動の実態を確認しました。そもそも日本という閉じた市場のなかで、日本企業はどのようにやってきたかを把握すること。これが第一段階です。次に国内で培ったマーケティング活動のノウハウが、新興国に進出するときにも有効か。通用しないとすれば原因は何か。これらの検証を経て、最終的には「日本企業のなかでマーケティング機能がどのように働いているか」を見ていきます。こんな広告を打った、製品の性能や価格を工夫した、といった目に見える部分ではなく、マーケティングを行う組織としての課題を整理し、今後に向けた提言を行うことが最大の目的です。
本学の学生の多くは企業に就職します。そしてかなり高い確率で、海外勤務を経験することになるでしょう。特に若手の頃はアメリカやEUといった先進国だけではなく、東南アジアなどの新興国に赴任するケースも多いはずです。日本企業にとって重要な市場であるのはもちろんのこと、学生にとっても関心のある研究テーマといえるかもしれません。

属人的・経験的なマーケティングだけでなく、欧米的なマーケティング・マネジメントを学び直す時期がきている

日本企業のマーケティングは、伝統的に営業部門の強い影響下にあったと考えています。日本国内では、消費者も組織の仲間もほとんどが日本人で、生まれも育ちも価値観もある程度共有しており「語らずともわかっている部分」が少なくありません。特に一億総中流といわれた時代には、優秀な営業担当者にとって顧客の嗜好や購買パターンをつかむことがそれほど難しくなかったのかもしれません。そのため、明示的にマーケティング戦略を策定しなくても、営業部員を中心にして現場で対応することができてしまい、結果的に欧米企業に見られるような強いマーケティング部門が組織のなかで形成されなかったのだと考えます。実際、日本企業の組織図を見ると、マーケティング機能の一部が営業部門のなかにあることが多いのです。
しかしこうした現場での対応には課題もあります。組織全体として明確な戦略がないため、ノウハウは現場に蓄積され、組織の財産として共有されないことが懸念されます。複数の市場に転用可能な知識になっていないのです。また、価値観が共有されている市場でしか機能しない仕組みです。近年の新しい市場への進出をきっかけに多くの課題が表出しています。社内の暗黙の了解や、顧客の購買行動に関する理解、優秀な営業部員、自社のブランドをよく理解してくれている広告会社など、日本国内のマーケティングで重要な機能を果たしていたさまざまな要素がすべて利用できない状況に置かれたからです。現場対応の課題が表出したのではないかと考えています。
進出先の現地法人と、日本国内の本社間で交わされるコミュニケーションの難しさも指摘できるでしょう。成長が鈍化した先進国で求められているマーケティングと、急速に成長している新興国で求められるマーケティングが違うからです。現地法人がマーケティングのやり方を変えようと思っても、日本国内の経験に依存して判断する本社側から、許可を得ることができないという可能性があります。
たとえば、日本の消費財メーカーがアジア某国に進出するとします。まずは事務所を立ち上げて、仕入先・工場・販売網を開拓する。この段階では、町を歩き回って粘り強く交渉を行う優秀な営業担当者が求められます。欧米企業より早く進出している場合もあり、日本で培ったノウハウが十分に生きるため、この段階では「成功」と判断されることが多いと思います。しかしある程度取引先ができて、流通網が整い、いよいよ市場がテイクオフする段階にきたら......営業担当者による人海戦術では追いつきません。競争のやり方を変える必要があります。取引先や流通へのアプローチだけではなく、直接消費者に訴えかけなければなりません。初めて購買する顧客に対して、広告やメディアを使ったブランド構築が必要です。日本とは違い、会社の名前すら知られていない市場でのブランド構築ですから、ある程度まとまった額のマーケティング投資が必要になります。少なくとも現地法人ではそう考えます。問題は、前年度の売上規模に依存した意思決定をすることが多い本社が、リスクのある投資の意思決定ができないことです。生産設備の増強に対しては投資がしやすいのですが、でき上がった製品を売るマーケティングへの投資は難しいようです。それは同じように市場を求めてやってくる競合ーー特に欧米のグローバル企業ーーにアドバンテージを与えかねません。

欧米のグローバル企業は日本企業とは違い、自国の市場も含め、つねに世界の全市場を客観的に見ているようです。そして「ここ」と決めた市場に対しては、巨額の投資を惜しみません。なぜそんなことが可能なのでしょうか。あくまで仮説ですが、マネジャーたちがMBAに象徴されるような経営理論ーーマーケティングはもちろん、ファイナンス、経営戦略などーーを徹底的に学んでいることと関係していると思います。日本企業ではさまざまな学部からきた新卒者のほとんどに対して、現場を体験させます。それは共通の現場経験によって、顧客像や売上の立て方に対するイメージを摺り合わせているプロセスであり、彼らがマネジメントを担うときに生きる重要な経験です。しかし、その体験と全く異なる環境に対してのアプローチは学べません。一方、学問を共通のツールとして用いることは、特定の市場に限定しない知識・知恵ですから、より応用がきくのではないでしょうか。企業のマーケティング活動の一部を担っている広告会社や代理店との関係においても、その違いは顕著です。欧米企業は彼らに丸投げするのではなく、戦略やフェーズによって主体的に使い分け、クライアントとしてマネージしているように見えます。市場環境の違いを超えて、戦略を共有して実行できる。このような土壌は、まだ日本企業では整っていないのではないでしょうか。
もちろん私は、欧米のグローバル企業をただ真似ればいいと思っているわけではありません。ただ、欧米企業が80年代にソニーやトヨタの強さの源泉を研究して反転攻勢に出たように、日本企業もそろそろ欧米企業のよいところを学び直す時期にきていると思います。欧米的なマーケティングのよいところを取り込むためには、どのような体制が必要なのか。現在はこの問いに取り組んでいます。

新興国でのイメージが定着していない今こそ、日本企業が盤石のシェアを獲得するチャンス

日本企業が欧米のグローバル企業を学び直すうえで重要なポイントは、冒頭に提示した「どう売るか」という視点だと考えます。日本企業の強みである「モノづくり」は、モノの売り方も含めた言葉であるべきです。品質や安全性を高める努力と同時に、それを「価値」として伝える努力も「モノづくり」の大切なプロセスだと考えます。売り方を考えることは、モノが持つ新たな価値を消費者に提示することです。
インドネシアで面白い話を聞きました。インドネシアはコーヒー豆の産地として有名ですが、インスタントコーヒーがよく売れているそうです。美味しいコーヒー豆が安く手に入るのですから、手間を省くというニーズ以外でインスタントコーヒーがシェアを伸ばす余地はないように思えます。さらに、お手伝いさんがいる家庭も多いので、インスタントコーヒーが成功するのは難しい市場のように思えます。ところが実際にはインドネシアの多くの方が、ある欧米企業が提供しているインスタントコーヒーのほうが美味しいと答え、それを買っていたのです。スーパーマーケットに行って確認したところ、コーヒー豆よりもインスタントコーヒーのほうが高い価格であるにもかかわらず、買われていました。味覚というのは客観的に語れないものですから、どちらが本当に美味しいのかという議論はできませんが、少なくともそのインスタントコーヒーが手間を省くこと以外の新しい価値を提供した結果ではないでしょうか。
このように、新興国ではまだまだ消費財のイメージが固定化していません。新しい価値の提供に成功すれば、その企業が消費者を囲い込む余地が生まれます。だからこそ今が大切だと私は考えます。イメージが定着する前に、競合に先んじて日本企業が新しい価値を提供し、シェアを盤石にする必要があります。そのためには、マス・マーケットへの投資が必要ですが、さらにその前段として、いったん属人的・経験的なマーケティングを離れて理論を学ぶ機会が欠かせません。その学びの場として、大学はより重要な役割を担うことになるでしょう。(談)

(2014年1月 掲載)