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同じ行動や商品でも、人や状況によって解釈は異なる。 「解釈レベル理論」から分析する消費行動

  • 国際企業戦略研究科教授岡田 英理香

2014年秋号vol.44 掲載

岡田 英理香

岡田 英理香

プリンストン大学で学士(経済学)、ダートマス大学タックビジネススクールでMBA、ペンシルバニア大学ウォートン・スクールで博士号を取得。メリルリンチでの投資銀行業務やGEキャピタルでのプロジェクトファイナンスの業務経験もある。ワシントン大学、ハワイ大学、ペンシルバニア大学ウォートン・スクールで教員を務めた後、現職。Journal of Consumer Research、Journal of Marketing、Journal ofMarketing Research、MarketingScienceなどの最高学術誌にて、多くの研究を発表している。

買う「目的」と「手段」。
商品の質と価格

どんなにいい商品やサービスであっても、消費者の関心を喚起し、消費という行動に結びつけなければ何にもなりません。消費者が消費行動をどのように解釈しているか、企業が効果的なマーケティング活動を行うためには、その解明はとても重要だといえます。
私の研究テーマの一つ、「消費行動」の分野では、以前から消費者がどのように行動や商品を解釈するかの研究が行われてきました。なかでも、1980年代、アメリカの研究者VallacherとWegnerが「解釈レベル理論」の基となる高いレベルの解釈と低いレベルの解釈を提唱したものがあります。たとえば「読む」という行動を「知識を得ること」と解釈するのは高いレベル、そして「書き物を目で追うこと」と解釈するのは低いレベル。高いレベルの解釈はその行動の「目的」やどれほど望ましいかを重視します。それに対し低いレベルの解釈はその行動の「手段」やどれほど可能かを重視します。
具体的に解釈レベル理論の観点から、アメリカで社会問題になっている「肥満」を例にとってお話ししたいと思います。肥満解消の目標を実現するためには、「甘いものを摂らない」と「運動をする」という二つの行動を実行しなければなりません。「運動をする」は目標に近づく「促進焦点」の行動で、研究を通して促進焦点は高いレベルの解釈と関連があることがわかってきました。それに対し「甘いものを摂らない」は目標から遠ざかることを避けるという「予防焦点」の行動で、予防焦点は低いレベルの解釈と関連があります。
私がアメリカで行った実験で肥満の解消に挑戦する人を四つのグループに分け、一つ目のグループには「運動」を「なぜ」行うのか、二つ目のグループには「運動」を「どうやって」行うのか、三つ目のグループには「甘味の我慢」を「なぜ」行うのか、そして四つ目のグループには「甘味の我慢」を「どうやって」行うのか、日記を1週間つけてもらいました。「なぜ」はその行動の目的、即ち高いレベルの解釈を促すはずです。それに対し「どうやって」はその行動の手段で、低いレベルの解釈を促すはずです。仮説は、高いレベルで解釈される「運動」を実行する場合は同じく高いレベルで重視される「なぜ」を考えればより効果的、そして低いレベルで解釈される「甘味の我慢」を実行する場合は同じく低いレベルで重視される「どうやって」を考えればより効果的ということです。実験の結果、「運動」の場合は「なぜ」との、「甘味の我慢」の場合は「どうやって」との組み合わせのほうが、満足感が高かったのです。

日米比較の視点

国や民族別の消費行動の比較にも解釈レベルを応用できると思います。アメリカ人が日本にきてよく驚くことは、①メロンなど主に贈り物用の果物の値段が高い、②かわいいキャラクターがいろいろなところに出てくる、③新製品・新サービスのCMが多い、等です。私が興味深く思うのは、この三つの事象のなかに日本人の特徴や消費行動の特性を読みとるヒントがあるからです。
1990年代の終わりにLibermanとTropeは解釈レベルと心理的な距離の関係を研究しました。心理的な距離が近いことは低いレベルで解釈しがちで、距離が遠ざかるほど高いレベルで解釈します。たとえば、あなたが2か月後に行われるパーティに招かれたとします。2か月も先のことですから、あなたが思いめぐらすのは、どんな人がくるのだろう、食事は何が出るのだろうといったことではないでしょうか。心理的な距離がまだ遠いのでパーティに行く目的が大事です。でも、パーティが今週に迫ったら、車をどこに駐車するか、何時に出発するかといった、より具体的な思考へと変化するはずです。これは、心理的な距離が近づいて、パーティに行くための手段のことをより考えるということです。
よく言われる日本人対アメリカ人の特徴がありますが、日本人は全体主義でアメリカ人は個人主義と一般的に解釈されています。全体のことを考えるのは自分だけのことを考えるのに比べ心理的な距離は遠いので、全体主義の日本人は解釈レベルも高いのではないかという観点から日本とアメリカの消費行動を考えてみましょう。
高価なメロンの件は、日本人は質を重視し、アメリカ人は価格を重視するという傾向を表しています。商品の質を得ることは消費行動の目的で、「高いレベルで考える人」という場合に重視されます。それに対し、商品の対価を払うことは消費行動の手段で、「低いレベルで考える人」という場合に重視されます。かわいいキャラクターがどこにでも出てくるのは子どもを大事に考えることを表しています。今の自分のことというより、次の世代のことを重視する人々の関心を引きます。新製品のCMが多いというのは、日本人は新しいもの、つまり心理的距離が遠いものへの関心度の高さを表しています。日本人が組織などで「みんなのことを考える」傾向が強いこととも無縁ではないと思います。
海外からのモノやサービスが日本の市場で成功しないのも、日本人の特性を考えていない場合が多いからです。外から見てわかる日本人の消費行動と特性は、日本国内で新しい消費をつくり出すうえでも役立ちます。たとえば農業においても、日本人の消費行動をよく理解し、よりおいしく安全で栄養がある米や農産物づくりや、環境にやさしい公害のない農法など、国産農産物の消費を促すプロモーションや事業戦略が可能だと思います。

一般ビジネス人が面白いと感じる研究にこだわりたい

日本を外から見て消費行動を分析するインターナショナル・マーケティングは、よりよい消費行動への誘いを視野に入れたものです。そして戦略の裏側にある心理的な要因や特性への目配りを含んでいます。また、外から見ると日本人の特性はこうだと提示し、アメリカ人の見る日本を受け止めることで、よりよい相互理解が得られるのだと思うのです。
消費行動の研究は、確かに学問の一分野です。でも、私はそれを学問や理論の枠内だけにとどめておく必要はないと思います。私が研究員として仕事をしていたアメリカでは、ビジネスの研究は学問としてアカデミックな領域にとどめておく傾向が見られました。ビジネスパーソンとして第一線で活躍している人が読む雑誌に研究成果が発表されることは、ほぼありませんでした。学問として突き詰めることはむろん大切ですが、その成果を必要としている人に手渡し、役立ててもらうことも大事だと思います。私は一橋大学において、企業の人が面白いと思い、彼らの役に立つ研究を積極的に進めていきたいと考えています。(談)

(2014年10月 掲載)