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地球規模の内戦にある世界で正義を実現する

  • 社会学研究科教授福富 満久

2018年春号vol.58 掲載

福富満久

福富満久

社会学研究科教授、Ph.D.国際関係学(パリ政治学院)、博士 政治学(早稲田大学)。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。2005年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、2010年同博士後期課程修了。2009年パリ政治学院(Sciences Po)プログラム・ドクトラル修了。中東、フランス、アメリカに計10年在住。2009年財務省所管財団法人国際金融情報センター主任エコノミスト等を経て、2012年一橋大学大学院社会学研究科准教授に、2015年教授に就任し、現在に至る。主な著書に『中東・北アフリカの体制崩壊と民主化』(岩波書店、2011年)、"L'autoritarisme dansla structure politico-économique internationale"(Dictus Publishing, 2012)、『国際平和論』(岩波書店、2014年)、『Gゼロ時代のエネルギー地政学─シェール革命と米国の新秩序構想』(岩波書店、2015年)などがある。2018年4月、東洋経済新報社から『戦火の欧州・中東関係史』を刊行予定。

グローバルガバナンスを維持するうえで強力なリーダーが存在しない「Gゼロ」の時代に

私は国際政治学を専門とし、現代国際社会の諸問題に関する研究に力を入れています。たとえば、帝国と従属の非対称性構造、エネルギー資源獲得の攻防、アメリカの外交政策、安全保障問題、中東和平、民族紛争、軍事介入、内戦、難民などの問題が研究の対象です。最近は、特に「Gゼロ」における国際政治学、政治哲学や地政学的手法を応用した国際正義の模索についての研究に関心を抱いています。
「Gゼロ」とは、グローバルガバナンスを維持するうえで強力なリーダーが不在であるとの認識をしめした言葉。多国間協調なき多極化が進み、G7(主要国首脳会議)やG20(金融・世界経済に関する首脳会合)ではグローバルガバナンスを担いきれない。そしてアメリカ主導で築かれてきた国際政治経済システムの崩壊が始まっている──。「Gゼロ」という言葉がしめす認識です。
しかし私は、シェール革命によって世界のエネルギー供給体制の見直しが進む中、「Gゼロ」から「G3」へ、グローバルガナバンスが移行すると考えています。一つ目はアメリカを中心にカナダ・日本・韓国・オーストラリアなど太平洋の主要国からなる極。これらの国はアメリカ軍の基地や安全保障、文化的関係でつながっています。二つ目はEUを中心に、イギリス・インド・南米・中東の極。これらは旧植民地などの歴史的関係、移民などの人的関係を中心とするつながりです。最後に、中国を中心に、国際連合安全保障理事会などで足並みを揃えてきたロシア、そしてシリア、イランのほか、アメリカにもEUにも接近できない新興国で構成された極です。
日本はアメリカ極に属しているものの、冷静な判断と行動が必要です。私は、アメリカとEUの両方に軸を置きながら調整役を果たしてきたイギリスを手本に、EUや中国とはもちろん、インドやアジア諸国との協調路線を模索するべきである、との提言を行ってきました。

宗教、民族、政治......さまざまな問題が集約された中東を理解すれば世界の問題も理解できる

エネルギーをめぐる安全保障を考察する一方で、私は中東各国に飛び、現地を回りながらエネルギーをめぐる利権争いを目撃してきました。2017年初頭にはカスピ海沿岸のアゼルバイジャンを訪問。中央アジアの石油資源をめぐって各国が行う利権争いをレポート。秋にはイラクのクルド人自治区で行われた住民投票を取材。市民にもヒアリングを行いながら、特に欧州向け石油輸出パイプラインを持つキルクーク油田地帯の帰属問題を取り上げ、独立を目指す同地区が抱える問題点について報告をまとめました。
このように私の研究は多岐にわたっていますが、根幹には「軍事介入も含めた国際正義の分配」への関心があります。特に中東にまかり通っている不正義への疑問です。中東には、エネルギー戦争もあれば、宗教、民族、独裁......さまざまな問題が集約され、「世界の縮図」とも言える様相を呈しています。中東で起きている問題は、中東だけの問題ではないのです。つまり、中東を理解すれば、今世界で起きている問題の多くを理解できると私は信じています。

列強がつくった不正義によって中東の人たちは今も命を削りながら生きている

中東という地域は、気の毒と表現するほかありません。石油という資源をもとに、そこに住む人たちは豊かに暮らせるはずでした。しかしそうはならなかった。二つの世界大戦が終わったあとも、この地域では中東戦争が4回(1948年、1956年、1967年、1973年)起こっています。それはオスマン帝国崩壊後、イギリス・フランスなどの列強国が中東を好きなように切り分けたからです。
たとえば第一次世界大戦後の1920年、フランスによって行われた現シリア領の委任統治。当時フランスは、防衛体制を強化するために徴兵制を導入しました。徴兵の対象となり軍事教育を受けたのは、主にマイノリティのアラウィ派でした。独立後、アラウィ派は実権を握り、多数派のスンニ派を強権的に支配します。その指導部の中に、ハーフェズ・アル=アサド(1930~2000年)がいたのです。シリアが独立した(1946年~)後、アサドは大統領に就任(1971年~)。アサドの独裁体制のもと、現在のシリアでは47万人もの国民が亡くなり、国外に避難した人は500万人とも言われていますが、もはや国際連合ですら正確な数字を把握できていません。
フランスがつくった不正義の塊のような事例のために、そこに住む人たちが命を削りながら一日一日をしのいでいる。このような状況に対して、何らかの答えを提示しないわけにはいかない、というのが私の立場です。

研究者の役割は、自分なりの答えをソリューションとして提示すること

私は大学に入る前、中東でまかり通るさまざまな不正義を知りました。困っている人たちのために国際機関で働こうと考えたのですが、国際連合などに勤めるにはフランス語が欠かせません。必要に迫られてフランス語を学ぶ中で、私はフランスの植民地政策についても知ることとなります。当時イギリスの植民地政策に関する研究は、日本においては比較的多かったのですが、フランス語を理解してのフランスの植民地や外交に関する研究は、あまり進んでいませんでした。そこで渡仏して研究を進めることを決意し、現在に至っています。
そして修士課程から博士課程に進学する時のことです。面接官であり、その後フランスでの私の指導教授となった世界政治学会の副会長から「研究者の役割を答えてみなさい」と質問されました。私は「研究者の卵だ」と自負していたにもかかわらず、単純ですが深いその質問にすぐに答えることができませんでした。私の様子を見た恩師となる先生は「問題意識を掘り下げ、自分なりの答えを提示することだ」と教えてくださいました。その言葉が、私の研究者としての立脚点になっています。ゼミの学生にも同じメッセージを伝え、何らかの自分なりの答えを論文にまとめるようにアドバイスをしています。
ある学生は、「各国間の相互依存は国際平和に資する」という仮説をもとに、国際送電網の現状と可能性について論文にまとめました。地域で電気を融通しあっているEU、中南米、アフリカなどを対象に、各国の軍事費と人間開発指数、世界平和度指数、GDPなどを調べ、それらの相関関係から相互依存の有効性を訴えたのです。それとは真逆に、「パワーポリティクスこそが平和に資する」という観点から論文に取り組んだ学生もいます。どちらが正しいかという問題ではありません。自分なりの仮説をもとに、国際平和のためのソリューションを提示していく。そのプロセスが重要です。私のゼミから巣立っていく学生には、どんな形でもいいから国際平和に寄与してほしいと考えていますから。

何に対しても「本当にそうなのか?」と疑うことから始めてほしい

前述のように、私は大学に入る前から中東の不正義に疑問を持っていました。だからというわけではありませんが、若者には何に対しても「本当にそうなのか?」と疑うことから始めてほしいと思っています。テレビやインターネットから流れてくる紋切り型の情報をただ消費するのではなく、一度疑ってみることが大切です。
紋切り型の情報とは、たとえば「中東の女性はみんな長い布で身体を覆っている。あれは人権侵害や閉鎖性の象徴だ」というもの。それが大いなる誤解であることは、住んでみれば分かります。照りつける太陽で日中は気温が50℃に達することもあり、砂漠からは熱風が吹きこんでくる。その環境の中で、熱や紫外線、砂埃などから肌を守ってくれる身体を覆う長い布は、女性にとって不可欠なのです。
このようなことは、情報を一方的に受け取っているだけでは分かりません。いったんすべての電源を切り、本を読み、可能であれば現地に足を運んで自分の目で見て、自分なりの答えをつかんでほしい。それが私からのアドバイスです。(談)

福富満久

2013年1月エルサレム旧市街にて

(2018年4月 掲載)