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令和2年度 大学院学位記授与式 式辞

令和3年3月19日
一橋大学長 中野 聡

「コロナ禍の研究生活」

 みなさん、大学院学位授与・卒業おめでとうございます。
 大学院学位を授与されるみなさんのご両親、ご家族、ご親族そして関わりの深い方々にも、教職員一同とともにお祝いを申し上げます。

 昨年に引き続き、2021年・令和3年の大学院学位授与式もまた、コロナ禍のなか、様々の制限のなかで行われることになりました。とりわけ皆さんのご両親・ご家族の皆さんがこの美しいキャンパスの杜にお出でいただけないことは大変に残念です。また、国境の往来が厳しく制限され、日本国内の移動にも制約があるなかで、様々の事情から望んでもこの式に参加できない皆さんがいることを忘れてはいけません。私たちの言葉と思いは、総ての大学院卒業生の皆さんとともにあります。ライブ配信を通じて、できるだけ多くの皆さんがこの場を共有していただけていることを願っています。

 ここに集っている皆さんが取得した学位は、修士・専門職学位・博士と多様であり、またその専攻する学問領域も社会科学・人文科学の多方面に渡っています。皆さんが主に学んだ場所・空間も、国立キャンパス、千代田キャンパスと分かれていて、今日まで顔を合わせたこともない皆さんも多いことでしょう。研究テーマを聞いても、お互いに目を白黒させるような思いをするかもしれません。学位取得までの期間も課程により人により様々であって、一年で修了する皆さんもいれば、博士学位課程の皆さんのなかには、主観的にも客観的にも気が遠くなるような時間を過ごしてきた方もいることでしょう。

 しかし少なくとも、この一年、コロナ禍の異常な事態の下で、皆さんの研究・学習環境が大きく制約され、それぞれの研究・学習において苦しい選択や忍耐を迫られた点では、皆さん同じ思いを持ってきたのではないでしょうか。オールド・ノーマルであれば、人それぞれに「最後の追い込み」になれば、図書館や院生研究室に行くことを「家に帰る」と言い間違えたり、睡魔に襲われるなかで気がつくとヘンな文章をタイプしていたり、どこかに頭をぶつけたり、そんな笑い話を大学院仲間でするものでしょう。しかしニュー・ノーマルのもとでは、そんな無理をする機会すら、場合によっては奪われてしまった皆さんもいたことでしょう。調査手法の変更、海外調査の中止、せっかく取得したグラントの放棄などの選択を迫られて、研究のアジェンダを変更するなどの苦労を強いられた皆さんも多かったことと想像します。専門職学位課程の皆さんも、グループワークやディスカッションなどで大きな制約と忍耐を迫られたのではないかと想像します。そのような困難をひとりひとりが乗りこえて、大学院学位取得という地点にいま皆さんは立っています。このことを心からお祝いしたいと思います。

 そしてこの一年間の苦労という、いわば戦時を共にしたというような意味での消極的な意味だけでなく、一橋大学という卓越した学術コミュニティにおいて時を共にしたという積極的な意味でも、皆さんには互いに絆を感じてもらうことができればと願っています。学問の自由という見地からは、まさに独立して知見を確立していく皆さんは何ものにも縛られてはいけないのですから、その絆を不用意に言語化することは避けたいと思いますが、たとえば最も広い意味において、現実を見るある種の冷静さを基礎としている、という意味での科学的な姿勢とでも言いましょうか、そのような構えが、教員や同僚院生との日々の交流のなかで自然と身についていく、そのようなコミュニティを皆さんが想像することが出来ればと私は願っています。

 そのうえで、皆さんが各自の専門をいっそう深めると同時に、たとえばこのコミュニティを共にした人々が追究する他の分野に関心を拡げ、様々なコラボレーションの機会をもつことを是非考えてもらいたいと思います。SDGs、カーボン・ニュートラル、グリーン・ニューディールなど21世紀になって新たなアジェンダが語られていますが、そのいずれもが求めるところは、これまでになかったような異分野諸科学・諸領域の融合によるイノベーションです。コロナ禍が同様の課題をより喫緊の要請としていることも言うまでもありません。何かひとつをクリアしたあとには、いったん自らの専門領域のコンフォート・ゾーンから出て知見を広げる機会をもつことを皆さんには期待したいと思います。

 皆さんのこれからの進路もまさに多様です。そして、どの分野に進んでも、また世界の何処に居ても、皆さんは、一橋大学というこの卓越したコミュニティの一員であり続けることを忘れないで欲しいと思います。建学以来、本学の名声の基となってきたのは、本学が生み出してきた人材に対する高い評価と期待です。皆さんが拡げていくネットワークに大いに期待しています。そして活躍する皆さんが本学を再訪するときを、国立キャンパスで、千代田キャンパスで私たちは待っています。

 みなさん、あらためて学位取得・卒業おめでとうございます。ご清聴ありがとうございました。



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