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令和2年度 学部学位記授与式 式辞

令和3年3月19日
一橋大学長 中野 聡

「世界を救う Save the World」

 みなさん卒業おめでとうございます。
 本日、学位を授与されるみなさんのご両親、ご家族、ご親族そして関わりの深い方々にも、教職員一同とともにお祝いを申し上げます。

 昨年に引き続き、本年の学部学位授与式もまた、コロナ禍のなか、四学部別に行われることになりました。学部の垣根が低いことが自慢の本学において、文字通り学び舎をひとつに育ってきた皆さんを、ひとつの式で送り出せないことや、ご両親・ご家族の皆さんがこの美しいキャンパスの杜にお出でいただけないことは大変に残念です。それでも皆さんと、この兼松講堂で卒業式を行えることを心から喜びたいと思います。同時に、国境の往来が厳しく制限され、日本国内の移動にも制約があるなかで、様々の事情から望んでも卒業式に参加できない皆さんがいることを忘れてはいけません。私たちの言葉と思いは、総ての卒業生の皆さんとともにあります。ライブ配信を通じて、できるだけ多くの皆さんがこの場を共有していただけていることを願っています。

 この一年、それは卒業生のみなさんの多くにとって、いわゆる実社会への旅立ちを前にして、自由を謳歌し、それぞれが大学時代にしかできないと思うことに挑戦して、豊かな時間を過ごすべき一年であったと思います。しかし、二一世紀のパンデミックがもたらした未曾有の危機は、私たちの総てに大きな影響を与え、予測のできない変化をもたらしました。この一年、何かをあきらめなければならなかった、思わぬ壁にぶつかり、孤独に包まれた、そのような経験をひとつもせずに済んだ人はいなかったのではないでしょうか。そのような困難をひとりひとりが乗りこえて、卒業という地点にいま皆さんは立っています。このことを心からお祝いしたいと思います。そしてまた、こうしていま卒業していくことが、皆さんにとって、まだ気がつかない、あるいはいま感じている以上に大きな意味をもっているかもしれない。このことを、これから少し話してみたいと思います。

 パンデミックは、人類史を通じてくり返し世界を襲ってきました。人命の損失ということだけで言えば、私たちが現在経験しているよりもはるかに深刻なパンデミックを人類は過去に経験しています。それにも関わらず、二一世紀のグローバリゼーション・IT革命とパンデミックが出遭ったことなどを主な背景として、COVID-19パンデミックがいま世界にもたらしている深甚な変化は、恐らく二〇世紀の両大戦に比肩するインパクトがあるのではないかという見方が広がっています。前向きのインパクトという点では、デジタル・トランスフォーメーションの加速が両大戦を契機とした技術革新になぞらえられています。その一方、問題視されているのは、人々の命と暮らしに様々な影響をもたらしている社会や経済における変化の、不連続で、不均等で、時として不公平とさえ思える衝撃です。その衝撃に悩み苦しむ人がこの地球の隅々にまでいることに、一橋大学の諸君であれば、気づかない人はいないでしょう。気候変動・地球環境問題も含めて、未来をディストピアとしてしか想像できない人々がいま世界で増えてきているとすれば、それはまさに憂慮すべき事態です。

 言い換えれば、少し前までは専らロール・プレイング・ゲームやマーベル・シネマティック・ユニバースなどのファンタジーのなかの合言葉でしかなかった「世界を救うSave the World」という言葉が、いまや現実の課題として私たちの前に立ち現れているわけです。そしてこれから一〇年、二〇年という時間が、世界の、そして日本の未来をディストピアにしないために決定的な意味をもつことも、今や幅広いコンセンサスとなっているのではないでしょうか。だとすれば、好むと好まざるとに関わらず、「世界を救う」主役は、皆さん、パンデミックをくぐり抜けていま卒業していく皆さんをおいて他にありません。

 一八七五年の建学以来、一橋大学は、一貫して、この卓越した教育研究コミュニティから、実業界をはじめとして各界で国際的に活躍する指導的人材を送り出すことを大学の使命としてきました。そして本学が生み出してきた人材に対する高い評価と期待こそが、本学の名声の基となってきたことは言うまでもありません。すなわち、先輩卒業生こそは皆さんにとっての最高のロール・モデルです。これまでふだんの卒業式には、お一人をお招きすることしかできませんでしたが、本年は、コロナ禍を逆手にとって素晴らしい先輩卒業生三人からメッセージをいただくことができました。乞うご期待です。それらのメッセージを胸に、皆さん、どうぞ世界を救いに旅立って下さい。

そして旅立ってからも、世界の何処に居ても、皆さんは、一橋大学というこの卓越したコミュニティの一員であり続けることを忘れないで欲しいと思います。国立キャンパスの杜は、皆さんとの再会を、いつでも、心待ちにしています。

みなさん、あらためて卒業おめでとうございます。ご清聴ありがとうございました。



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