矢内原忠雄における理想的人間像と道徳観の変遷
本研究では、戦後二代目の東京大学総長を務めた矢内原忠雄(1893~1961年)における理想的人間像と道徳観の変遷について、同時期に矢内原が接した社会における理想的人間像・道徳観からの作用に着目しつつ検討する。その際、その変遷に直接的な影響を与えた言説・人物・出来事等をできるだけ具体的に取り上げることによって、矢内原の思想が変遷する様子を、実体験としての次元の中で立体的に描いてゆく。従来の研究において矢内原という人物は、彼が立脚した民主主義思想・キリスト教信仰を中心とした国家観(社会観)や宗教観(神観)に焦点が当てられ、社会の情勢に惑わされず帝国主義批判を貫いた思想家として描かれてきた。それに対し本研究では、その社会観と神観を接続している個人としての人間観(とその内部に働く道徳意識)に着目し、且つ時間軸による変遷を考慮する歴史的視座を重視することによって、新たな矢内原像の提示を試みるものである。