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SDGsと経済法

  • 法学研究科准教授柳 武史

2024年10月2日 掲載

I はじめに

近年、グリーン社会(脱炭素社会)の実現などの環境に関するアジェンダが注目されている。とりわけ、2015年の国連総会で17項目の持続可能な発展目標(SDGs)が設定され、同年にパリ協定が採択されたのは記憶に新しい。このような環境やサステナビリティ(持続可能性)に関する(政治)運動の影響はあらゆる政策分野に及んでおり、競争法・競争政策の分野にも波及している。例えば、EUにおいては、執行機関である欧州委員会のグリーン・ディール政策を背景として、グリーン社会やSDGsの実現とそれに伴うEU競争法・加盟国競争法の修正論は注目されるトピックとなっている。

ほとんどのケースでは規制や補助金などが適切な手段であり、競争法はあくまで補完的な役割にとどまるものの、環境やサステナビリティの目標を達成するためには、業界全体にわたる事業者間(特に競争者間)の共同の取組が必要と指摘されることがある。そこで、カルテルの禁止を念頭に置いて、競争法は時にはこのような共同の取組の障害となると主張されることもある。ここでの問題は、環境やサステナビリティの目標を達成するために競争法の解釈は修正されるべきかどうかというものである。グリーン社会やSDGsの実現に向けて、政府の規制や課税のみならず、事業者の共同の取組などをも積極的に活用しようとする議論は、競争法との緊張関係(抵触)をもたらしうる。

II オランダの問題提起

1 石炭火力発電所の共同閉鎖に係る事件(2013年)

議論の発端となったのは、オランダにおける石炭火力発電所の共同閉鎖に係る事件である。本件は、複数の電力会社が1980年代に建設された5つの石炭火力発電所の閉鎖を計画する協定(本件協定)が、オランダ競争法6条(及びEU機能条約101条)に反しないかが問題となったものである。

まず、オランダ競争当局(消費者・市場庁)の非公式意見は、本件協定の競争制限効果に関して、関係事業者のエネルギー生産能力(オランダの総生産能力の約10パーセント)が減少するという。そして、一定水準の需要を所与とすると、生産単位あたりの原価がより高くなることが見込まれ、これは本件協定がもたらすと予想される価格上昇圧力が真に重大でありうることの指標となるとしている。すなわち、本件協定により、オランダの電力購入者に対して価格が引き上げられるという。したがって、オランダ競争法6条1項(及びEU機能条約101条1項)が定めるカルテルの禁止は本件協定に適用されるとする。

続いて、非公式意見は、オランダ競争法6条3項(及びEU機能条約101条3項)の適用除外の検討に進み、本件協定がもたらすと予想される利益と、その利益がオランダの電力購入者が被りうる価格上昇という不利益をどの程度埋め合わせることができるかについて定量分析を行っている。鍵となるのは、適用除外規定の第2要件(消費者に結果として生じる利益の公正な分配をもたらすこと)である。ここで、オランダ競争当局は、エネルギー供給をよりサステナブルなものとする環境上の利益が適用除外の考慮を受ける利益であることを指摘している。石炭火力発電所の閉鎖による二酸化硫黄、窒素酸化物、微粒子の排出削減は、オランダにおける大気の質を改善させるといった効果が見込まれるという。

環境上の利益の評価に関しては、例えば、結果として採る必要のなかった他の効率的な措置の費用である回避費用を用いる手法により、二酸化硫黄と窒素酸化物の排出削減の価値を定量化している。そして、二酸化硫黄、窒素酸化物、微粒子の全ての排出削減を貨幣化すると、1年間で3,000万ユーロ(2016年から2021年までの全期間で1億8,000万ユーロ)と推計している。これに対して、価格効果に関しては、2016年から2021年までの全期間で電力卸売価格の上昇は約0.9パーセントと見込まれることから、オランダの電力購入者は本件協定により高い電力価格を支払うことになるという。オランダの総電力消費量の費用増加を貨幣化すると、1年間で平均7,500万ユーロ(2016年から2021年までの全期間で4億5,000万ユーロ)と推計している。そうすると、環境上の利益について推計された価値よりも、価格に関する電力購入者へ予想される不利益の方が実質的に大きいこととなる。したがって、オランダ競争当局は、オランダ競争法6条3項(及びEU機能条約101条3項)の要件はみたされないと結論付けている。結果として、石炭火力発電所の閉鎖は、電力会社間の共同の取組から除外されることとなった。

2 ガイドライン第2案(2021年)

この結末を受けて、オランダ競争当局は政治や世論の厳しい批判を受けることとなった。そこで、新しいガイドラインの立案を開始することになったのである。ガイドライン第2案によると、サステナビリティ協定に関して重要なのは、オランダ競争法6条3項(及びEU機能条約101条3項)の適用除外規定の第2要件における、消費者に結果として生じる利益の「公正な分配」の概念であるとされる。問題は「公正な分配」とはどのような意義を有するのかであり、オランダ競争当局はこの文言の解釈問題として議論を展開しているのである。

オランダ競争当局は、一定の場合には、消費者厚生基準を逸脱する十分な理由があるとする。消費者厚生基準とは、各々の関連市場(検討対象市場)における消費者のグループは少なくとも競争制限に起因して自身に生じる弊害を埋め合わせられるべきであるとする、欧州における伝統的な考え方である。これは、「環境損害協定」の厳密な定義に該当する場合には、消費者に結果として生じる利益の「公正な分配」を定める適用除外規定の第2要件に関して通常とは異なる解釈が採られうることを含意している。具体的には、消費者は完全に埋め合わせられる必要はないという。すなわち、オランダ競争当局の見解は、サステナビリティ協定の一部について例外を設けることを提案するものであり、このような考え方は、欧州において伝統的な考え方である厳格な埋め合わせ基準に反するものである。

ガイドライン第2案によると、異なる解釈が認められるために必要な2つの要件とは次の通りである。

(i) 当該協定が「環境損害協定」であること。
(ii) 当該協定が、効率的な方法で、国際基準・国内基準を遵守することに役立つこと、又は(このような損害を防止する)具体的な政策目標の実現に役立つこと。

ガイドライン第2案では、「環境損害」は、商品又はサービスの生産及び消費における環境に対する損害と定義されている。生産価格には含まれない、社会に結果として生じる損害は負の外部性と呼ばれる。環境損害は稀少な自然資源を非効率的に利用していることを示唆しているため、もし事業者が共同の取組によって環境損害を減少させることができれば、効率性向上をもたらすことができる。ガイドライン第2案によると、この効率性向上は、当該製品の消費者だけではなく、社会全体も享受することになるという。

そして、ガイドライン第2案は、このような解釈を採ることができる根拠について次のように述べている。

「消費者・市場庁は、環境損害協定に関して、3項の審査においても、単なる消費者の利益よりむしろ他者の利益を考慮に入れることが可能であるべきだと確信する。このような場合には、当該製品に対する消費者の需要こそが社会が解決策を見出すことを要する問題を本質的に創り出しているのであるから、協定によって生じる弊害について消費者を完全に埋め合わせないことは公正といいうる。さらに、消費者は社会の残りの部分と同様の利益を享受している。この文脈では、協定は(事業者が拘束されない)国際基準・国内基準又は具体的な政策目標を遵守することに(効率的に)寄与しなければならない。」

これは、サステナビリティ協定の一部を適用除外する閾値を低くし、競争法を適用緩和することを提案するものである。社会の残りの部分にいる他者が十分に利益を享受していることを前提として、汚染者である関連市場の消費者が不利益を負担するべきであるとの解釈を示しているようにも見える。すなわち、公正性は汚染者負担の原則を反映するべきであるとの立場からすると、消費者が消費から利益を享受する一方で、(決定に発言権のない)他者へ費用(外部性)を課すのは「公正」とはいえないというのである。ガイドライン第2案のようにトレード・オフが異なる新しいルールの下で社会全体の利益などが考慮されると、利益はより迅速に不利益を上回ることとなろう。その結果、社会全体が協定の利益を享受し、協定は政府の目標に寄与することから、協定は許容されることとなるという帰結に繫がりやすくなると考えられる。

III EUの応答

1 改定ガイドライン(2023年)

このようなオランダの提案などを受けて、欧州委員会競争総局のスタッフは、EU機能条約101条3項の適用除外規定の適用などについての考え方を取りまとめた政策概要文書を公表している。そこでは、欧州委員会は、環境保護や気候変動対策の観点での便益が問題となることを理由にEU機能条約101条3項の適用についてのこれまでの解釈自体を変更するという考え方はとらないことが示されている。そもそも競争法の適用緩和は、脱炭素の取組を装ったカルテルであるグリーンウォッシュの危険を高め、経済の発展やイノベーションの促進にマイナスの影響を与える可能性が指摘されていた。オランダ競争当局などの提案は退けられ、欧州委員会は競争政策に関する基本的な方針を堅持する方向性を決定したといえる。

そして、欧州委員会は、水平的協力協定ガイドラインの改定を公表した。この改定ガイドラインは、「サステナビリティ協定」という新しい章(第9章)を設けている。以下においては、EU機能条約101条3項に基づく適用除外規定の第2要件を中心に検討する。

改定ガイドラインは、適用除外規定の第2要件に関して、(1)個人の利用価値に基づく便益、(2)個人の非利用価値に基づく便益、(3)集合的便益に分類する。(1)は、製品の消費又は利用から生じる消費者の便益であり(これは、当該製品に関する消費者の経験を直接的に改善する。)、定性的な効率性による製品の品質向上やコスト効率性による価格低下が挙げられる。(2)は、消費者が自らのサステナブルな消費が他者に与える影響を評価することによって生じる間接的な便益である(経済学的観点からは、消費者サーベイなどを通して消費者の支払意思額を調査することによって測定する。)。(3)は、消費者の製品に対する個人的な評価とは関係なく発生し、負の外部性を是正し、サステナビリティの便益を社会全体にもたらすものである。そして、改定ガイドラインは、(3)の集合的便益について次のように述べており、EU機能条約101条3項の適用が認められる余地についての要件や具体例が少し具体化されたようにも評価できるかもしれない。

「関連市場における消費者が関連市場外の受益者と実質的に重なり合うか、又はその一部である場合には、集合的便益が弊害を被る関連市場における消費者を埋め合わせるのに十分なほど重大であるならば、当該市場外に発生する関連市場の消費者の集合的便益は考慮されうる。」

ここでは、「受益者」という概念が持ち出されて、関連市場における消費者が関連市場外の受益者と実質的に重なり合うか、又はその一部であるという要件が課されている。EU機能条約101条3項の第2要件に関しては、基本的には従前の枠組みを確認しつつも、「実質的に重なり合う」、「一部」、「十分なほど重大」といった評価的な文言の解釈を通して、サステナビリティ協定を正当化する便益の範囲について柔軟な解釈を試みているとも評価できよう。つまり、集合的便益という概念そのものに意図的な柔軟性を看取することも可能なのである。ただ、改定ガイドラインは、依然として消費者厚生基準を堅持している点には注意を要する。すなわち、集合的便益は、価格の上昇や選択肢の減少といったマイナスの影響を被る消費者に十分なほど重大でなければならないのである。

2 集合的便益の位置付け

このような集合的便益は、具体的にはどのような場合に考慮されるのかが問題となる。まず、次の概念図①のケースを考えてみよう。例えば、航空会社間で環境を汚染しない燃料が用いられる協定が締結される場合である。

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この場合、環境を汚染しない燃料に金銭を支払う消費者(飛行機の利用者)は、きれいな空気の受益者(市民)でもある。つまり、関連市場における消費者は、受益者の一部であるといえるため、集合的便益として考慮できることになりそうである。しかし、次の概念図②のケースはどうだろうか。例えば、生物多様性をもたらすサステナブルな原材料のほとんどが外国産(具体的には、熱帯諸国の木材)である場合に、サステナブルな原材料のみを使用する家具メーカー間の協定はどのように評価されるのだろうか。

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この場合、生物多様性のメリットは集合的便益としては全く考慮されないことになるのかもしれない。というのも、受益者(熱帯諸国の人々)と生物多様性の保全に金銭を支払う消費者(欧州の購入者)はほとんど重なり合っていない。したがって、関連市場における消費者が関連市場外の受益者と実質的に重なり合うか、又はその一部であるとはいえないからである。ただし、この場合であっても、個人の非利用価値に基づく便益(前述した(2)の便益)として考慮される余地はある。すなわち、消費者の支払意思額によっては、欧州の消費者が、生物多様性をもたらす自らの消費が他者(熱帯諸国の人々)に与える影響を評価していることがありうる。

集合的便益は、場合によっては個人の利用価値に基づく便益及び個人の非利用価値に基づく便益と組み合わせられることには注意が必要である。すなわち、一定の場合には、関係事業者は、2つ、又は3つ全ての種類の便益を組み合わせることができるのである。このことは、前述した集合的便益という概念そのものの柔軟性と併せて、改定ガイドラインの包摂性を示すものとも評価することができ、欧州委員会の今後の運用で活用される余地があるかもしれない。欧州委員会は、従来からの解釈を変更するものではないとしているものの、若干の含みをもたせているようにも見えるのである。これは、混乱を招き、明確性・予測可能性を損なう優柔不断な曖昧さともいえるが、オランダなどの提案も踏まえた、老獪でしたたかな戦略に基づく意図的な柔軟性とも評価できるのではないだろうか。

IV 結びに代えて

欧州においてこのような利益と不利益の貨幣化も伴う比較衡量の議論が進展しているのは、EU機能条約101条1項はカルテルを禁止し、同条3項は適用除外するという条文の構造が、数値的な二項対立ととらえるのに馴染みやすいからかもしれない。ここでは、競争制限効果と効率性向上などを、文字通り比較衡量することになる(ただし、前述の通り、関連市場の消費者への還元を問うかどうかは、立場によって異なることになる。)。

これに対して、我が国の独占禁止法では規制の枠組みなどが異なるため、直ちに欧州の議論を取り入れることはできない。すなわち、独占禁止法は母法である米国反トラスト法を法継受しており、不当な取引制限を定義する独占禁止法2条6項の効果要件は、「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」となっているのである。我が国の独占禁止法においては、明文の適用除外規定は存在しないし、消費者厚生基準も採用されていない。ただ、同条項には「公共の利益」との文言があり、また独占禁止法の目的を定める1条には「一般消費者の利益」という文言も見られるため、欧州の議論をどのように参考にできるのか引き続き検討を進める必要があるだろう。少なくとも、消費者厚生基準を慎重に堅持しつつも、若干の含みをもたせて、ある程度の柔軟な対応の余地を残す欧州の老獪でしたたかな戦略からは多くを学ぶこともできるのではなかろうか。

【参考文献】

①Julian Nowag ed., Research Handbook on Sustainability and Competition Law (Edward Elgar, 2024)

②Justus Haucap et al., Competition and Sustainability: Economic Policy and Options for Reform in Antitrust and Competition Law (Edward Elgar, 2024)

③Simon Holmes et al. eds., Competition Law, Climate Change & Environmental Sustainability (Concurrences, 2021)

④根岸哲「グリーン社会の実現と競争法」日本學士院紀要78巻2号(2024年)

⑤舟田正之「SDGsとカルテル」立教法学111号掲載予定(2024年)

⑥土田和博「持続可能な発展目標(SDGs)と経済法-総論」ジュリスト1594号(2024年)

⑦鈴木健太編著『独占禁止法 グリーンガイドライン』(商事法務、2024年)

⑧白石忠志『独占禁止法〔第4版〕』(有斐閣、2023年)

⑨滝澤紗矢子「市場を跨ぐ利益衡量の可能性と方法」日本経済法学会年報44号(2023年)

⑩柳武史「EU競争法と環境・サステナビリティ-オーストリア連邦競争庁、ギリシャ競争委員会及び欧州委員会の取組みを中心として」EU法研究13号(2023年)

⑪柳武史「競争法におけるサステナビリティの問題について-オランダ競争法の議論を手がかりとして-」日本経済法学会年報43号(2022年)

※本稿は、上記⑩・⑪等の既刊論文を加除修正したものである。なお、既刊論文は、「SDGsと経済法」に関する一連の研究業績により、日本経済法学会リーゼ賞(2023年)及び第39回横田正俊記念賞(2024年)を受賞している。