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創立140周年記念講演会シリーズ第2回『一橋大学における高度経営人材の育成 ─ 一橋ビジネススクールの発足に向けて』

2017年冬号vol.53 掲載

2016年10月23日(日)、一橋大学創立140周年記念講演会シリーズの第2回として、『一橋大学における高度経営人材の育成─一橋ビジネススクールの発足に向けて』というテーマで講演会が行われた。会場となった大手町の日経カンファレンスルームには、休日にもかかわらず学内外から多くの聴講者が集まった。この講演会シリーズは、2015年に創立140周年を迎えたことを記念してスタートした。2015年10月に開催された第1回では、一橋大学の学問史に焦点が当てられた。続く第2回となる今回は、未来に目を向けたテーマになっている。果たして「一橋ビジネススクール」とは?背景にある、研究科の再編・統合を含む動きとともに、講演会の様子をお伝えする。

新生一橋ビジネススクールとは?

一橋大学プロフェッショナル・スクール構想

蓼沼宏一学長が2015年3月に発表した「一橋大学強化プラン(1):3つの重点事項」。この中で、一橋大学の強みである高度専門職業人(プロフェッショナル)の養成を、さらに強化するためのプロフェッショナル・スクール構想が示された。これまでも高い評価を得てきた既存のMBAコース、法科大学院、国際・公共政策大学院といったそれぞれの大学院課程を、今日の社会が直面する諸問題に対応できる世界水準のプロフェッショナル・スクールへと押し上げていくことがその主眼だ。
この体制を整えるため、商学研究科、国際企業戦略研究科、法学研究科の再編・統合が2018年4月に予定されている(図1)。新たに一橋ビジネススクール(経営管理研究科)と一橋ロー・スクール(新たな法学研究科)の二つの研究科を整備し、これに国際・公共政策大学院を加えた3本柱でプロフェッショナル・スクール構想を支える。

図1:研究科組織の改編

図1:研究科組織の改編

新生一橋ビジネススクール

こうした動きの中、今回の講演会で焦点が当たったのが、「一橋ビジネススクール(経営管理研究科)」である。これまで国立キャンパスの商学研究科と、千代田キャンパスの国際企業戦略研究科に分かれていた二つのビジネススクールを統合・再編する。具体的には、図1に見られるように、新たなビジネススクールのもとに経営管理専攻と国際企業戦略専攻を置く。
この統合と歩調を合わせて、千代田キャンパスでは夜間に日本語でMBAプログラムに参加できる経営管理プログラムがスタートし、既存の金融戦略・経営財務プログラムと合わせて、千代田キャンパスで夜間に通えるプログラムが充実することになる。また、英語でMBA教育を行う国際企業戦略コースは、既存のフルタイムMBAプログラムにエグゼクティブMBAプログラムを加えて多様な教育需要への対応を進めていく予定である。なお、国立キャンパスで行われている研究者養成コースや、昼間に日本語で学ぶフルタイムのMBAプログラムも継続される。これらすべてのプログラムあるいはコースについて、ビジネススクールの国際認証AACSB(Association to Advance CollegiateSchools of Business)の取得に向けた取組みも加速していく。
世界水準に立ち、その時代の要請に応える。一橋大学が140年の歴史の中で培ってきた強みが、「一橋ビジネススクール」という新たな形で体現される。

講演会レポート

蓼沼 宏一

蓼沼 宏一
一橋大学長

常盤 豊

常盤 豊
文部科学省高等教育局長

上 幹

沼上 幹
理事・副学長

講演会の冒頭、蓼沼宏一学長より挨拶が行われた。一橋大学のルーツである商法講習所の開設から現在に至るまでを振り返りながら、蓼沼学長は「今日、日本の社会や経済の状況は、商法講習所が開設された頃と似ているのではないか」と問いかける。世界のビジネスパーソンを相手に事業を進めるためには、経験や勘に頼った経営ではなく、戦略・組織・金融・財務・会計等に関する、より高度な体系的知識に基づく的確な判断力が必要である──。そのような時代の流れの中で、高度専門職業人の養成機能を抜本的に強化。「新たなビジネススクールでは、開設以来担ってきた高度経営人材の育成を、さらに一段高いレベルで実現することを目指す」と力強く語った。
続いて来賓挨拶として、文部科学省高等教育局長の常盤豊氏が登壇。国立大学には、強み・特色・社会的役割を踏まえ、学術研究・人材育成の両面において時代の要請と国の期待への的確な対応がつねに求められていること。その中で、社会科学の雄である一橋大学に対しては、「自然科学と産業・経済とのインターフェースとなり、新しい価値を創造してもらうことに大変強い期待を寄せている」と常盤局長は語る。そして今回の講演会は、「一橋大学の強み・特色を踏まえた意欲的な構想をより深めていく機会として、時期に適った意義深いものと考えている」と締めくくった。
ここから、「一橋ビジネススクールの中核となる、3人の気鋭の教員」(蓼沼学長)による講演が行われた。

  1. 「コーポレート・ファイナンス:経営を支える3つの意思決定」商学研究科・中野誠教授
  2. 「サービス・マネジメント:価値共創の未来」国際企業戦略研究科・藤川佳則准教授
  3. 「シナリオ・プランニング:未来シナリオで繋ぐイノベーション」商学研究科・鷲田祐一教授

以上三つの講演の概要については別項に譲る。

最後に、「ビジネススクールで学ぶ意義」と題して、沼上幹理事・副学長より一橋大学におけるビジネススクール教育の解説が行われた。「なぜビジネススクールで経営を学ぶのか、なぜ一橋なのか」。この問いに対して、沼上理事・副学長は、アジアにおける経営リテラシー・戦略リテラシーのレベルが向上してきており、国際競争上、フレームワーク思考と理論構築の重要性が増していること。少人数教育(ゼミナール教育)と、現場に近い現象から一般化を行う実証研究と理論構築の伝統は、一橋大学ゆえに可能であること。以上2点の回答を紹介し、次代の高度経営人材育成に向けた意欲を改めて発信。講演会は終了した。

講演要旨①コーポレート・ファイナンス

経営を支える3つの意思決定

中野 誠一橋大学大学院商学研究科教授

近年、「コーポレート・ファイナンス」への社会的需要が高まっている。基本的には個々の企業の経営について、財務(カネ)の視点から考える「経営学のおカネ版」である。この領域を学んだ本学の学生たちを採用しようとする企業の動きには、目を見張るものがある。
日本では比較的新しい学問領域だが、近年のビジネススクールでは「定番科目」。経営戦略論、経営組織論、マーケティング、アカウンティング等と並んで必修科目に設定している大学院がほとんどだ。
コーポレート・ファイナンスが扱うのは「事業投資の意思決定」「資金調達・資本構成の意思決定」「ペイアウトの意思決定」の3領域。資本市場ではなく、あくまでも経営者目線の意思決定をサポートする学問領域である。
昨今、日本企業の資本生産性は欧米と比較して低水準という指摘が多い。高い技術力、質の高い労働力を持つ日本企業の収益性はなぜ低いのか。コーポレート・ファイナンスの視点から考えると、多くの事柄が解明される。資本生産性向上のヒントも得ることができる。
モノづくりに邁進してきた日本企業が、コーポレート・ファイナンスのテイストを社内で少しだけ重視するだけでも、大きな成果を見込めるだろう。

中野 誠

商学研究科教授・博士(商学)。専門は、コーポレート・ファイナンス、財務会計。1990年商学部卒、1995年商学研究科博士課程修了。主な著書に『業績格差と無形資産─日米欧の実証研究─』(東洋経済新報社、2009年)、『日本企業のバリュエーション』(共著、中央経済社、2009年)、"InternationalPerspectives on Accounting and Corporate Behavior" (共編著、Springer、2014年)、『戦略的コーポレートファイナンス』(日本経済新聞出版社、2016年)などがある。

講演要旨②サービス・マネジメント

価値共創の未来

藤川 佳則一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授

「脱コモディティ化」「製造業のサービス化」「モノのインターネット」などの現象に見られるように、サービス企業にとっても、モノづくり企業にとっても、従来の産業の垣根を越えて「サービス・マネジメント」の重要性が高まりつつある。
「SHIFT」(世界経済のサービス化)、「MELT」(産業の垣根がますますあいまいに)、「TILT」(世界経済の重心が北半球から南半球に)──世界規模の変化が急速に進む環境において、新たな「価値づくり」の論理を構築する視点として、近年世界規模で議論が進む「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」。その特徴は、経済活動をサービスとして「使用価値」を重視し、顧客を「価値共創者」としてとらえる点にある。また、「価値共創」の概念を複数市場に拡張してとらえる「マルチ・サイド・プラットフォーム(MSP)」も、企業活動を展開するうえで欠かせない。
モノ企業のサービス化事例(コマツ・KOMTRAX等)、サービス企業のモノ化事例(グーグル・スマートコンタクトレンズ等)、Airbnb、Uber等のシェアリングエコノミー事例など、いずれも経営戦略や事業構築の背後に「価値共創」の論理を見出すことができる。日本企業がSDLやMSPの視点から自社の未来をとらえることで、新たな機会や課題が見えてくる。

藤川 佳則

国際企業戦略研究科准教授。専門は、サービス・マネジメント、マーケティング、消費者行動論。1992年経済学部卒、1994年商学研究科修士、2000年ハーバード・ビジネススクールMBA(経営学修士)、2003年ペンシルバニア州立大学Ph.D.(経営学博士)を取得。主な論文としては"Harvard Business Review"(Harvard Business Press)、『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)、『マーケティング・ジャーナル』(日本マーケティング協会)などに執筆。訳書に『心脳マーケティング─顧客の無意識を解き明かす』(共訳、ジェラルド・ザルトマン著、ダイヤモンド社、2005年)などがある。

講演要旨③シナリオ・プランニング

未来シナリオで繋ぐイノベーション

鷲田 祐一一橋大学大学院商学研究科教授

「シナリオ・プランニング」の授業では、「未来洞察」(Foresight)という手法の修得を目指す。「未来洞察」とは、技術開発、企業経営、行政施策などに対する10~20年ほどの「中距離」な未来について「多様な未来シナリオ」を構築。戦略的な意思決定に資するためのワークショップ活動である。
米国や欧州各国を中心に、1970年代から実施され、日本でも1990年代から徐々に普及してきている。産業界では「ビジネス・インテリジェンス」と呼ばれることもある。
この手法の目的は、10年先程度の未来を想定して、目前の社会変化による不確実性に対して「社会変化シナリオ」を構築することで、その先の技術適用の可能性について、ユニークな商品や研究テーマなどの「アイデア」を大量に構築することにある。
まず、スキャニングという手法を用いて「未来の芽」になるような情報を大量に収集し、それをまとめることで社会変化仮説を構築する。それらと予測したい未来のテーマを掛け合わせる二段推論手法を用いるのが大きな特徴である。

鷲田 祐一

商学研究科教授。専門はマーケティング、イノベーション研究、認知科学、ネットワーク科学、国際マーケティング、消費者調査。1991年商学部卒、2008年東京大学総合文化研究科博士課程修了。(株)博報堂コンサルティング局イノベーションラボ主任研究員での勤務経験を持つ。主な著書に『未来を洞察する』(NTT出版、2007年)、『デザインがイノベーションを伝える─デザインの力を活かす新しい経営戦略の模索─』(有斐閣、2014年)、『イノベーションの誤解』(日本経済新聞出版社、2015年)、『日本は次に何を売るか』(共編著、同文舘出版、2015年)などがある。

(2017年1月 掲載)