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法学研究科「ビジネスロー専攻」の誕生── 日本の法学教育・研究を世界水準へ

  • 法学研究科長葛野 尋之

2018年冬号vol.57 掲載

葛野尋之教授プロフィール写真

葛野 尋之教授

法学研究科長

2018年4月の改組により、総合的な法学教育・研究システムが生まれる

一橋大学は、2018年4月、国際企業戦略研究科・経営法務専攻を再編し、法学研究科の新たな専攻「ビジネスロー専攻」として統合する。
この改組によって、法学研究科の中に「法学・国際関係専攻(研究大学院)」「法務専攻(法科大学院、ロー・スクール)」そして「ビジネスロー専攻」という3専攻が誕生することになる。加えて、幅広い教養教育と高度な専門教育を行う法学部を、その基礎に擁している。複線的・重層的な教育システムを樹立し、それを支える高度な法学研究を展開するためである。
そこで、今回の改組を後押しした社会的な背景や、法学研究科全体として目指すものは何か、さらに2016年6月に設置された「グローバル・ロー研究センター」が今後果たしていくべき役割などについて、一橋大学大学院法学研究科長・法学部長の葛野尋之教授に話を伺った。

現代社会を特徴づける、「グローバル化」と「法化」の同時進行

今回の改組には、どのような社会的背景があったのか。葛野研究科長は、現代社会を特徴づける二つの概念として「グローバル化」と「法化」を挙げる。国際関係、政治経済、ビジネス、医療・福祉、教育、生活......さまざまな局面において、あらゆる問題がグローバルな関係の中に存在し、しかも優れて「法的な問題」として現れる、と葛野研究科長は指摘する。
「たとえば食品安全規制がそうです。これは私たちの生活の安全に関わる問題ですが、その問題を議論する際には、『国際的な企業活動』や『法的規制』という視点が欠かせません。「グローバル化」と「法化」は、急速に同時進行しています。そのような中で、法学研究科が担うべき役割はますます大きくなり、社会的期待の高まりに応じて、その責任もいっそう重くなっています。これに応えるために、法学研究科は今回のような積極的な改組を行い、《一橋法学》のバージョンアップを図っていきたい。そう考えています」(葛野研究科長)
このような背景から、グローバルな法化社会を担う法曹・法務人材を育成し、その教育を支えるグローバル・ロー研究を進展させるために改組が行われることになった。

若手の法曹、企業の法務人材に対する継続教育の実施

法学研究科に新たに加わる「ビジネスロー専攻」は、二つの領域の人材をターゲットにしている。法曹資格を有する若手法曹。そして、企業において法務などに携わる人材。これら高度専門職業人に対し、一段高い専門性の獲得を目的とした継続教育を実施する。
法曹資格の取得について、これまで一橋大学法科大学院が果たしてきた社会的役割は大きく、とてもこの誌面だけでは伝えきれないほどだ。しかし葛野研究科長は、もともと一橋法科大学院は、法曹資格を取得させることだけを目標とはしてこなかった、と語る。
「法科大学院の実績と社会的評価は、その教育力の高さを示すものです。修了生は、すでに法律実務家として確実に成果を上げています。しかしながら、法曹界全体を俯瞰すると、若手法曹に対する継続的な教育が課題となっています。必要とする人や企業によりよい法的サービスを提供し、社会の質を向上させるためには、私たちがさらに教育力を高めて、より力のある法曹を育成しなければなりません。そこで『ビジネスロー専攻』においては、特に社会的ニーズの高いグローバルかつ先端的なビジネスローの教育を若手法曹に対して、継続教育として提供します」(葛野研究科長)
もう一つのターゲットである企業の法務人材。法曹と企業の法務人材に対して高度なリカレント教育を行うことに、葛野研究科長は大きな意味を見出している。
「たとえば、共通の課題をそれぞれの立場で担い、どのような協業があり得るのか?などの観点を一緒に、学ぶ。そこには、ビジネス・スクールに学ぶ学生も参加することになるでしょう。これはそれぞれにとって有意義なプログラムになるはずです。また、法学研究科全体として複線的・重層的な教育システムをつくることは、学ぶ側が自らのライフスタイルに合わせて教育機会を選べることにもつながります。専門教育を受け、法曹や企業人として一度は社会に出た人が、もう一度『戻って学ぶ』ことができ、OJTではカバーしきれない、系統的な教育を通じて一段高い専門性を獲得できるのですから」(葛野研究科長)

「グローバル・ビジネスロー・プログラム」及び「知的財産プログラム」を開設

「ビジネスロー専攻」において、今回新たに打ち出すのが「グローバル・ビジネスロー・プログラム」であり、一段と強化するのが「知的財産プログラム」である。
前者のプログラムは、英語による教育を通じてグローバル・ビジネスローに精通した法曹・法務人材の育成を目的としている。後者で扱う知財は、葛野研究科長が挙げた「グローバル化」と「法化」が急速かつ同時に進んだ典型的な領域である。この知財領域の教育について重要な点は、アカデミックな研究者教員が理論を、先端的な法務に携わる第一線の企業人が実務を、協働して教えていくことだ。
「法曹でも、法務人材でも、知財は今後ますます専門性の向上が求められる領域です。単発の実務研修ではなく、理論・実務の両面から系統的教育を行うことによって、まとまりのある能力を身につけてほしい、という思いをプログラムとして実現させました」(葛野研究科長)

「グローバル・ロー研究センター」を拠点に、国際共同研究や実務家との共同研究を実現

さまざまな教育面の強化を実現させるためには、そのベースとなるべき理論研究と、その研究を担う次世代研究者の育成が欠かせない。そこで一橋大学法学研究科では、2016年6月に「グローバル・ロー研究センター」を立ち上げた。文字どおりグローバル・ローの一大研究拠点として、世界水準の国際共同研究、第一線の実務家との共同研究、そして研究成果の発信と社会への還元を目標に掲げている。
国際共同研究については、すでに中国・韓国の大学との食品安全に関する研究、中国の大学との刑事司法改革に関する研究などを実施。アメリカの大学との連携による紛争解決システムの大規模な共同研究、ヨーロッパ、アメリカの大学とのグローバル・ガバナンスの共同研究も構想している。
実務家との共同研究には、実務先行で研究が未発達の領域に積極的に取り組もうという目的がある。「たとえば知的財産法も、大学で教えるようになったのはここ20〜30年のことです。また、M&Aや海外進出した企業の労働問題なども、まだ系統的な研究は進んでいないと思われます。しかし企業法務の現場には、実務を行いながら自力で研究を発展させている人たちがいます。そんな最先端の研究を行う実務家を、《一橋法学》の研究フィールドに組み込み、コラボレートすることにより、新しい問題に対応できる新しい研究を生み出したいと考えています」(葛野研究科長)

研究成果を発信し、社会からの切実な要請・期待に責任を持って応える

「グローバル・ロー研究センター」の三つ目の目的である、研究成果の社会的発信。その実例として、さまざまなセミナー及びシンポジウムの開催が挙げられる。2017年2月には、法のグローバル化の典型的な局面である「コーポレート・ガバナンス」に関するアカデミックな国際シンポジウム、「中国ビジネス法務と腐敗・不正」というテーマで、実務家向けの国際セミナーを開催している。2018年1月には、中国の「一帯一路」をテーマに国際セミナーを開催する。他にも企画は続く。
詳細な報告は次ページに譲るが、10月28日には一橋大学創立140周年記念講演会シリーズという枠組みの中で、「グローバルな社会と法の役割──一橋大学におけるグローバル・ロー研究・教育の展開」というテーマで講演及びパネルディスカッションを行った。
「すべては、日本の法学教育・研究を世界水準にしたいという思いからです。そしてそれこそが、社会からの切実な要請・期待に、私たちが責任を持って応えることなのです。『卒業・修了したらもう学びは終わり』ではないことは、一度社会に出た人が一番よく分かっているはず。如水会との強いネットワークも活かしながら、卒業・修了した後も学ぶ機会を提供して、日本の法学教育・研究の質の向上を実現させたいですね」(葛野研究科長)

世界で活躍できる法曹・法務人材の育成とグローバル・ロー研究の推進

図

(2018年1月 掲載)