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平成25年度学部卒業式における式辞

2014年3月24日

平成25年度学部卒業式式辞 強靭とは

一橋大学長 山内進

 みなさん卒業おめでとうございます。
 また、本日、学位を授与されるみなさんのご両親、ご家族、ご親族そして関わりの深い方々にも、ご来賓、教職員一同とともにお祝いを申しあげます。
 一橋大学に入学して以来、みなさんがさまざまな出来事や困難を乗り越えて、そろって今日を迎えられたことはなによりも素晴らしいことです。教職員一同、心よりみなさんの卒業を祝します。

スマートで強靭なグローバル一橋

 さて、一橋大学はいま、みなさんもご存知のように「スマートで強靭なグローバル一橋」の確立をめざして鋭意努力しています。私は、その三つを次のように説明してきました。
1 スマート:高度に知的であると同時に洗練された感性を備えていること
2 強靭:一橋リベラリズムに裏打ちされた自律的でしなやかな強さ
3 グローバル:視野と包容力が地球的に広く、世界を考え、世界に生きる

 この三つがそれぞれ重要なのはいうまでもありませんが、みなさんが卒業するにあたって、今日は「強靭」に関わることについてお話ししようと思います。それは、これからの日本とみなさんにとって、いまこのことに触れておくのが特に大切だと考えるからです。改めていいますと「強靭」とは「一橋リベラリズムに裏打ちされた自律的でしなやかな強さ」すなわち、「粘り強い問題解決力・コミュニケーション能力・交渉力・実践力+体力」です。「自律的でしなやか」という言葉遣いからうかがわれるように、ここでの「強靭」というのは単なる物理的強さではありません。人と戦い、力で相手をねじ伏せる強さではなく、むしろ平和的に、しかし粘り強く自分の主張を実現していく強さを想定しています。その意味で、「自律的でしなやかな強さ」とは「粘り強い問題解決力・コミュニケーション能力・交渉力・実践力+体力」なのです。
 このような意味での「強靭さ」が必要なのは、「力」ではなく、自らの「言葉」によって紛争や問題を解決することが必要だからです。私は物理的な力の重要性を否定しませんが、それにのみ頼るのは危険です。物理的な力の行使はしばしば発端の問題そのものよりも、大きな損害を関係者に与えることが多いというのが現実です。そうならないために必要とされるのが「自律的でしなやかな強さ」なのです。

フルーリーの訴訟

 世の中は問題に満ち溢れています。人々の間に起こるさまざまな問題は人と人、集団と集団の対立を起こし、対立は紛争に、紛争は武力衝突へと進むというのはよくあることです。このような衝突が頻繁に起こり、それがむしろ当然であり、とりわけ加害に対する復讐は、名誉あることだとされる時代や地域すらあります。そのひとつの典型が中世ヨーロッパでした。中世ヨーロッパに関する偉大なフランス人歴史家マルク・ブロックはそれを次のように伝えています。

「中世は、ほとんど初めから終わりまで、特に封建時代は、私的復讐の支配のもとに生きていた。私的復讐が、最も神聖な義務として、なかんずく侮辱された個人に課せられたことはもちろんである。たとえ、死後においてもそうであった。」(森岡敬一郎他訳『封建社会1』みすず書房)

 ブロックがいうように、フェーデと呼ばれる、親族や親族類似の集団間の争い、血の抗争で中世は彩られていました。もちろん、いつも暴力が行使されていたわけではなく、裁判が開かれることもありました。しかし、この裁判も不合理で、暴力的だったといわれています。無実か有罪かの証明は冷水や熱湯や熱鉄による神判や決闘によって明らかにされました。下の絵は13世紀初頭の「法書」(私的に編纂された法典)である「ザクセンシュピーゲル(ザクセンの鏡)」の手書き本にある挿絵です。

「ザクセンシュピーゲル(ザクセンの鏡)」より挿絵

 向かって右端の人物は灼熱の鉄を持ち、中央の人物は湯の中に手を入れています。やけどの有無で有罪か無罪かが判定されます。日本の「くがたち」にあたります。向かって左端の人物は分かりにくいかもしれませんが決闘士です。決闘士というのは裁判所が雇用している決闘の専門家で、被告人と戦う役目を担っています。決闘の勝敗で裁判の勝敗も決まります。
 しかし、裁判では、実はもうひとつ、大事な方法がありました。そのことを知るために、「フルーリーの訴訟」という、830年頃に起きた聖ベネディクト修道院とサン・ドニ修道院との間の奴隷の所有をめぐる係争について紹介してみます。
 この事件は最初、決闘によって裁かれることになりました。裁判官は、双方から「一人ずつ証人を出し、宣誓をしたのちに、盾と棍棒によって戦う」ようにと提案したからです。この提案は、ルイ敬虔帝(在位 814―840年)の816年の勅令に適合していました。この勅令は、裁判でお互いが譲らない場合には、双方が「一人を選びだし、その者たちは盾と棍棒によって決闘場(campus)において戦わねばならない」と定めていたからです。敗れた決闘者は、決闘前に犯した偽誓のゆえに、その右手を切断されねばならない、とされていました。
 提案はそこに参集した「すべての人々によって正義に適い、正しいもの」と考えられました。ところが、その時、ガチネのある法学博士が、「決闘で…いずれが正しいかを決めるのは不当である。むしろ、双方…は奴隷を互いに分割すべきだ」と、主張しました。結局、裁判官も、「…決闘で決着をつけるよりも、奴隷を分割する方がより正しい」と述べ、「その意見に全法廷が靡き」ました。
 この事件は、9世紀半ばに記された『聖ベネディクト修道院の奇跡』という書物で描かれています。著者の聖ベネディクト修道院長アドレヴァルドは、この結果に明らかに不満を感じており、「悪辣に奴隷の分割という意見を提起した」男は、奴隷が双方に分割された後すぐに、「弁舌の能力をすべて奪われ、何も語ることができなくなってしまった」と記しています。そして、こう続けています。「その法律家の僕婢たちは、法律家が厳しく攻撃した聖人の修道院へと彼を運んだ。彼はそこにほぼ一か月間留まり、神の加護を願った。その結果、彼の言語能力はもとに戻ったが、聖ベネディクトの名を正しい発音で語ることができるまでにはついにならなかった」と。

和解

 著者のアドレヴァルドが決闘裁判こそ正義であり、神の意思に適うものだと信じていたことは明らかです。しかし、二つの修道院は係争の対象を分割するという提案に応じました。このような方法を和解といいます。裁判における「もうひとつの大事な方法」とは、この「和解」です。
 中世ヨーロッパでは、裁判における和解は教会でも世俗でも、広く見られる現象でした。最近の研究者たちは、中世の訴訟や証明方法を神判や決闘裁判に代表させ、その暴力性と不合理性を強調するのは、19世紀ロマン主義的な誤った見方だと主張しています。実際、教会が保持している多くの記録の中に紛争の和解に関する公式文書が保管されています。これを分析しますと、中世の人々は裁判や和解に対して決して否定的ではありませんでした。むしろ、裁判に赴き、証人を出して、「平和的な和解」に至るのが一般的でした。
 13世紀前半に至るまで、中世ヨーロッパでは、和解は珍しいものではありませんでした。地方の有力者、友人、親族が仲裁人となり、裁判が行われましたが、彼らが試みたのは判決を一方的に下すことでも、神判でもなく、係争物を双方に分割し、同意させることでした。重要なことは勝者と敗者を明確に決定することではなく、「各人に各人の物を与える」こと、プライドや名誉、恥の感情を含めて、双方がそれなりに納得することでした。和解による土地等の分割の場合、「誰も手を空にすることはなかった」といわれます。
 もちろん、和解は裁判の外でも、あるいは裁判や武力による解決の前にも頻繁に行われました。西フランスにある、古い修道院における11世紀の紛争資料を調査した研究によりますと、世俗の人々との財産をめぐる180件ほどの争いのうち、その3分の2は裁判所が関与せずに、「公的に証人が立ち会った合意」によって落着させられています。そこでの和解では、やはり双方に何かが残ると同時に、新しい社会的絆が創出される傾向がありました。対立を協調に変えようという心とそのための当事者の合意がここにはあります。
 大切なことは、和解によって物を与えるだけでなく、自らの意思によって友好関係を作り上げようとした、ということです。和解の合意は、新しい絆を作り上げました。双方は贈り物を交換し、贈られた財貨は、友好のシンボルとなりました。一方が貧しく、土地に何の権利がない場合であっても、死ぬまでそこで暮らすことを認めるといった和解もありました。ある意味で「赦し」もまた大事な要素だったのです。
 ヨーロッパ世界では「権利のための闘争」が重要とされてきました。そのとおりなのですが、人々はいつも戦っているわけではありません。交渉し、妥協し、和解することも決して少なくありませんでした。それは、ある意味で自由主義的なものでした。なぜなら、権力に裁定をゆだねるのでなく、当事者が自らの責任で問題を解決するからです。ここで必要となるのは、双方のコミュニケーションであり、粘り強い交渉であり、自分たちの平和形成への意思でした。合意による和解は、権力の法律による一元的な決定よりも大切でした。
 このような意識を象徴的に表現している言葉があります。「合意は法律に、和解は判決に勝る(Pactum… legem vincit et amor iudicium)」というものです。12世紀イングランドのヘンリ1世の時代の慣習法書に現れる法文です。和解と訳しているamor(アモル)は、本来のラテン語では「愛」という意味です。したがって、「愛は判決に勝る」と訳すことも可能です。和解とは「愛」でもあるのです。
 一方、合意と訳されているpactumあるいはその複数形であるpactaは、契約あるいは条約という意味でも使われます。有名なのは「Pacta sunt servanda(パクタ・スント・セルヴァンダ)」という法格言です。「契約は守られなくてはならない」とか「条約は守られなくてはならない」と理解されます。個人の意思を重視するので、しばしば近代国際法の父、フーゴー・グロティウスによって自然法の規則として語られたといわれます。
 しかし、このような考え方は実はローマの時代からありました。ローマでは、pactaとは「平和paxの締結、和解、調停」を意味しました。paxというのはラテン語で平和という意味で、パックス・ロマーナとかパックス・アメリカーナというような言葉でもよく使われます。合意つまりpactumやpactaは「平和」や「和解」と実は深いところで結びついているのです。したがって、「Pacta sunt servanda(パクタ・スント・セルヴァンダ)」は「平和は守られなくてはならない」という意味で理解することもまた可能なのです。

最後に

 私は最初に「強靭」を「自律的でしなやかな強さ」と説明しました。さらに私は、問題解決のための粘り、コミュニケーション能力、交渉力、実践力とこれを言い換えました。私は、みなさんにぜひこのような強さを持って、さまざまな問題に適切に対処し、憎しみではなく、愛(アモル)が基調となる社会を築き上げていってほしいと思います。もっとも、愛は愛で難しく、一筋縄ではいきません。イギリスの有名な思想家、トマス・ホッブズはこう言っています。

「一人だけへの愛が、自分一人だけで愛されたいという希望をともなうとき、それは愛の情念である。愛が相互的でないという恐れをともなうとき、その一人だけへの愛は嫉妬という。」(水田洋訳『リヴァイアサン』第一巻第六章、岩波文庫)

 このような愛と嫉妬の微妙な関係は人と人の関係はいうまでもなく、組織と組織、国家と国家の間でも見られるところです。一筋縄ではいきません。複雑です。しかし、その複雑さを丹念に解いていくのが社会科学です。社会科学を学んできたみなさんは、少なくとも丹念に諦めずに解いていく、という姿勢は身に付けていることと思います。そのように「丹念に、そして諦めずに解いていく」というのが「強靭」ということだ、と私はいま伝えようとしてきました。歴史の叡智は、「合意し、和解することは可能である。それは平和を形成し、平和を守ることにつながる」ということを教えてくれています。
 一橋大学の校章であるマーキュリーに描かれているメルクリウスの杖は平和の象徴です。それを持っているメルクリウスつまりマーキュリーは商業の神であるだけでなく、雄弁の神にして平和の守護者でもあります。自由、自律は本学の基本思想です。この世のさまざまな問題を解決するために、合意を得るための努力を、合意を実現するための雄弁を、そして平和をもたらす「強靭さ」を持って、これからの社会に臨んでいってください。もちろん、「愛」の問題を含めて、うまくいかないことも多いかと思います。困ったときには、みなさんが学んできたこのキャンパスに戻って、その一角にたたずんでみてください。キャンパスは黙って、しかし温かくみなさんを受け入れるはずです。私たち教職員一同は、そのためにも一橋大学に永遠の息吹をあたえるべくいっそう努力する、ということをみなさんに誓います。
 これをもって、わたくしの式辞とさせていただきます。御清聴感謝いたします。

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