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平成17年度学部入学式における式辞

例年よりやや遅れましたが、大学通りの桜が好天に恵まれて一気に花を開かせ始めました。本日、平成17年度の新入生を迎えるにあたり、本学卒業生の組織である如水会の方々などご来賓各位、ならびに新入生のご両親などご家族の方々とともに盛大な式典を催すことができますことは、一橋大学にとって、まことに喜びにたえないところであります。これから本学の伝統と学風を継承することとなる溌剌とした皆さんの入学を、ここにご出席の本学の諸先輩、教職員一同と友に心から歓迎いたします。

新入生の皆さん。皆さんは、厳しい入試の難関を突破して、晴れて一橋大学に入学されました。まことにおめでとうございます。ご両親を始めとするご家族の方々にも、お祝いを申し上げます。この機会に私は、新入生の皆さんの前途を祝福するとともに、皆さんの母校となるこの一橋大学が、いかなる建学の精神を持ち、これまで発展してきたかをお話し、さらに、皆さんにはどのような学生生活を送っていただくことを期待しているのか、ということを述べたいと思います。

一橋大学の起源は、今から129年前、明治8年に東京銀座尾張町に創立された商法講習所であります。これは、近代日本の黎明期にあって、経済社会を担う実業人を養成するために民間人によって設立された商業教育の塾でありました。その設立には、森有礼、渋沢栄一のほか、富田鉄之助、福沢諭吉、勝海舟など名だたる歴史上の人物が加わっておりました。商法講習所の初年度の生徒数はわずか26名であったようですが、この小さな一私塾から一橋大学の歴史が始まったのであります。現在、この発祥の地を示すものとして、銀座松坂屋の前の街路に記念碑が建てられております。

この起源とともに皆さんにぜひ知っておいていただきたいのが、キャプテンズ・オブ・インダストリーという言葉です。この言葉は、本学の建学の精神を表すものとして、私たちの間で、事につけ折りに触れ、用いられております。皆さんもこれからいろいろな機会にこのキャプテンズ・オブ・インダストリーという言葉を目にしたり耳にしたりすることになるでしょう。これは、19世紀にイギリスの歴史家また思想家であるトマス・カーライルが、その著書の中で用いたものです。

本学の先人たちは、明治維新以来の国民的課題であった産業の発展と国力の向上にとって、外国貿易の知識と外国語を修得し、近代的な商業道徳と私利にとらわれない高い志を身に付けた、産業界の誇り高い指導者を輩出することが不可欠と考え、その熱い思いをこの言葉に託したのでありました。いわば、騎士道精神を胸の裡に持つ産業界のリーダーを思い描いたのであります。現在では、本学の卒業生は、狭い意味での産業を超えて、社会のより多様な領域に進出して活躍することが求められるようになっていますが、いずれにせよ、高い志を持って世界に羽ばたく人材を育まんとする思いは、時代を超えて今日まで引き継がれ、一橋大学の精神の基本をかたちづくってまいりました。

さて、商法講習所はその後の変遷を経て、東京商業学校、ついで高等商業学校、さらに東京高等商業学校と名称を変更しました。明治18年には、発祥の地である銀座から神田区一橋通りに移転し、その後の約40年間の歴史をこの神田一橋の地で刻むこととなります。今日の一橋大学の名称は、これに由来しています。

大正12年の関東大震災によって校舎が焼失したことを機にこの国立へ移転いたしましたが、それに先立って、高等商業学校から大学への昇格運動が起こります。本学は実業人の養成のための教育を目的として出発しましたが、やがて、高等職業教育のみならず、社会現象をより深くより学問的・理論的に探求する流れが強まりました。明治末期から大正初期にかけて多数の卓越した研究者が輩出し、実務的知識の教育を超えて、商業、経済、法律、哲学、歴史、文学などの研究が進められ、本学は我が国におけるこれらの分野の学問研究の一大拠点を形成いたしました。こうした背景の下に、大正9年に東京商科大学が設立されたのであります。

このように述べますと、大学昇格が平坦な道を辿って実現したようでありますが、決してそうではありません。この大学昇格の前後二度にわたり、本学は存亡の危機を経験しております。ここで詳細に触れるゆとりはありませんが、一つは1908年から09年にかけて起きた「申酉事件」と呼ばれる出来事、もう一つは1931年の「籠城事件」と呼ばれる出来事です。前者は、東京高等商業学校を昇格させて商業大学をつくるのではなく、別途に帝国大学の内部にそれを設立する、とした文部省に対する戦いでした。後者は、文部省が当時の東京商科大学に置かれていた予科および専門部という組織の廃止を進めようとしたことに対する戦いでありました。本学は、このような相次ぐ苦難を凌ぎながら、あるいは大学への昇格の道を切り拓き、あるいは本学のあるべき姿を貫いたのでありました。

こうした歴史に示されるように、本学は、民間の一私塾からスタートし数々の苦難を乗り越えて今日に至った輝かしい歴史をもっております。国立大学でありながら官の体質が希薄で、在野精神に溢れ、自由と自治の伝統をなによりも尊ぶリベラルな校風がいまに保たれていることも、ここに理由を求めることができます。

以上に、本学の建学から現在に至るまでの歩みの一部分に光を当ててお話しましたが、この間、本学はまさにその建学の精神に則り、多くの人材を世の中に送り出してきました。すでに明治の末期から大正にかけて、商社や海運や海上保険など世界を舞台に活動する企業に多数の卒業生が入社し、日本の経済の発展の原動力として活躍いたしました。その後も、産業界だけでなく、活動の対象とする領域をさらに広げながら、皆さんの先輩たちは、世界に雄飛いたしました。のちほどご講演をいただく吹野博志先輩は、そうした伝統を受け継ぐとともに、さらにそれを超えて新しい道を拓かれた、日本の経済界を代表する本学卒業生のお一人であります。

ついでながら、そのような卒業生の集まりが、先ほども触れました通り、如水会という同窓会として組織されています。この他に類を見ない強固な結束を誇る同窓会から、本学は物心両面にわたる絶大な支援を得ており、このことについて、他大学において大学運営に当たっている人々からは、つねに羨望のまなざしが向けられているところであります。因みに、今日皆さんを迎えているこのロマネスク建築の兼松講堂はわれわれの誇る歴史的な建造物です。昨年まで長年の使用によって疲弊しておりましたが、如水会によって行われた10億円にも及ぶ募金活動の結果として本格的な改修が行われ、このような輝くばかりの素晴らしい建物として甦るところとなりました。

一方、このように産業界へ優れた人材を送り出すと同時に、卒業生の中から研究者となり母校一橋の教壇に立つ人材も数多く誕生しました。先ほども申し上げましたように、本学の研究者は、たんなる実学の領域を越え、さらには経済学、商学、法学などの社会科学の枠をも越え、歴史、哲学、文学、なども包含した学問研究を行い、社会科学の総合大学としての道を歩んできたのであります。

大正から昭和の初めにわたって一橋アカデミズムの黄金時代を築いた教授陣、そして、そのあとを継いで再び戦後の黄金時代を築いた教授陣の残した伝統の下に、一橋大学の教壇は他大学から抜きん出て、光り輝いてまいりました。現在本学で教鞭をとっておられる多くの先生方も、この戦後の黄金期を築かれた諸先生の教えを直接あるいは間接に受け、その学問上の伝統を引き継いでおります。一方で、現在の本学には、異なる学風や伝統を引き継ぐ、あるいは新しい学風を拓く、優れた研究者も数多く存在して、両者がともに切磋琢磨しながら、研究と教育に力を注いでいると考えております。

さて、皆さんはこうした歴史を持つ一橋大学に、その一員として今日新たに加わってこられました。大学はご存知のように昨年の4月に国立大学法人に移行し、個性と自主性の発揮を目指して、不断の改革を進めているところです。少子化などの社会環境の変化の中で、国公私立を問わず、大学間の競争は厳しさを増し、よく言われるように、大学が学生を選ぶのではなく、学生が大学を選ぶ時代、大学は不断の自己点検と外部からの制度的な評価を義務付けられる時代となっています。皆さんもまた、学生としてその目的に向かっての改革の一端を担う責務を帯びていることはいうまでもありません。その意味において、皆さんが充実した大学生活を送ることを私たちとしても、これを強く願い、また期待するものであります。

新入生の皆さんの中には、すでに今から自分が大学において何を学び何をしたいのかについて十分に考え、勉学の方向をはっきりと思い描いてきている人もいるかもしれません。それは理想的な状況であり、そういう人たちに対しては、その初志貫徹を祈り、できる限りの応援をしたいと思います。ただその場合でも、自分がこれまで考えてきた目標や方向を決して唯一絶対のものと考える必要はないということを付け加えておきたいと思います。それらに変化や修正が加わること自体が、大学生活の貴重な収穫だということも、当然に考えられるからです。

一方、新入生の中には、目標や方向の決定についてはまだ先のことと考えている人たちも多いのではないでしょうか。魅力を感じた大学に入学するための努力をして、入学を果たした後の生活の中でゆっくりと決めてゆく、あるいは、決まってゆくことになるだろう、という程度に考えてきたかもしれません。私自身は、そういう状況も自然で現実的なものとして肯定してよいのではないかと思っています。  ただ、そのような人たちも、早めに目標や方向を考えておかなければなりません。そのことが、実は自分にとっての一橋大学の利用価値を格段に高めることにつながるのだ、ということを強調しておきたいと思います。

せっかく入った大学は、大いに活用しなければなりません。本学には、まず、学問諸分野における最高峰の研究と教育の指導者が存在します。また、広く内外に誇ることのできる図書館が存在します。また、卒業生を含む著名な社会人を学外から招いての講義や講演も定期的にあるいは反復的に行われて、皆さんの関心を現実の経済社会や企業組織へといざなう試みや工夫が定着しています。

一方、理工系の大学をも含む他大学との広範かつ斬新な交流と連携の枠組みも構築されていて、学際的あるいは複合領域的な学問や職業に関心を寄せる学生の意欲を後押しすることができます。さらには、かなり知られていることと思いますが、学生の海外交流を促進し支援するための海外派遣留学生制度も整えられています。

つまり、これら学生生活のインフラともいうべき豊富な制度や体制や機会が、ひとたび目標や方向が決まって行動を起こさんとする者にとって、直ちに利用されるべく待ち受けているということにほかなりません。新入生の皆さんには、一橋大学におけるこうした多彩な選択肢の存在をよく知ってもらって、これから先、その選択を大いに楽しみ、かつ大いに悩んでもらいたいと思います。

大学生活と高校までの学校生活との決定的な違いは、なんと言っても、圧倒的な自由度の違いにあります。勉学の対象だけでなく、勉学とその他の活動との間の時間の配分も、そのほとんどの部分が、基本的に学生一人ひとりの自由な選択に委ねられ、まさにこの自由な選択の積み重ねの中で、皆さんの個性と力が形成されてゆくこととなります。

いうまでもないことですが、大学に籍を置き学生生活を送るからには、守るべき最低限の制約や果たすべき課題が存在します。自由を行使して特定の目的を果たそうとするとき、ときには制約をクリアすることに困難が生じたり、他の目的を犠牲にする必要が生じたりするかも知れませんが、それらはすべて自由な選択を行う者の自己責任において行われなければなりません。自由選択と自己責任、この組み合わせが大学における学生生活の基本原理であるということを忘れないようにしてほしいと思います。

最後に申し上げておきたいのは、これからの4年間は瞬く間に過ぎるということです。私はかつて本学の大先輩から、若くあったときにも大いに共感して心に留め、いま年を重ねて昔の何倍何十倍の共感をもって人にも伝えている、つぎのような表現を教えられました。それは、「日は歩き、月は走り、年は飛ぶ」ということであります。 一日一日は結構ゆっくりと、歩くように過ぎていくのですが、ひと月はなんとも早く、あたかも走るが如くに過ぎてゆきます。そして、もっと長いはずの一年は、まるで「飛び去る」としか表現のしようがないほどに過ぎていくのであります。日は歩き、月は走り、年は飛ぶ。皆さんが手に入れた4年間は、きわめて短い貴重な時間であることを自覚して下さい。

一橋大学は全学を挙げて皆さんを歓迎し、皆さんを応援します。皆さんがこの4年間に大きく成長し、本学の将来、日本の将来を担う素地を持った人材となって社会に出てゆくようになることを期待して、私の歓迎の辞といたします。

一橋大学長 杉山 武彦
2005/04/05

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