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平成16年度大学院学位記授与式における式辞

大学院の課程を修了される皆さん、おめでとうございます。また、ご臨席いただきました多数のご家族の方々、まことにおめでとうございます。 本日ここに、如水会理事長をはじめとするご来賓、本学名誉教授、卒業生のご家族、ならびに教職員各位のご列席を得て平成16年度学位記授与式を盛大に挙行することができますことは、まことに喜びにたえないところであります。

さて、こうして修了者を送り出すこの日に、長年本学の発展に多大なご尽力をいただいた4人の先生とも、お別れをいたさねばなりません。定年制の規定により本年度限りでご退職なさる4人の先生方を壇上にお迎えしておりますので、それぞれのご経歴を簡単にご紹介申し上げ、あらためて、これまでの本学に対するご貢献に感謝の意を表明いたしたいと存じます。

まず、商学研究科の片岡寛教授は、昭和44年に商学部専任講師にご就任になり、以来36年の長きにわたり、商品評価論、商品開発論等々の科目を担当され、熱意溢れる講義で多くの学生を魅了し、また慕われて来られました。学界の牽引役として商品学の発展に限りない情熱を注ぎ、研究を志す後進に大きな刺激を与え続けておられます。またこの間、先生は学内行政の面においても、評議員、学生部長、商学部長、イノベーション研究センター長などの要職を務められ、本学の発展に実に多大の貢献をされました。

次に、経済学研究科の池間誠教授は、昭和49年に経済学部助教授として着任され、以来、31年間にわたり国際経済学、経済学史などの 科目を担当されました。日本の国際経済学研究の第一人者として長年にわたって学界をリードして来られ、これまで、先生の厳しく情熱的な 教育と研究の下に、次代を担う多数の優れた研究者が巣立ってまいりました。先生は評議員、経済学部長、本学附属図書館の図書館長などの 要職を歴任され、学内行政の面からも本学の発展に多大の貢献をされました。

続いて、社会学研究科の松岡弘教授は、昭和61年に社会学部教授としてご着任ののち、時代の要請によって留学生の受入れと留学生教育の重要性が加速度的に高まっていく過程の中で、19年にわたり、日本語学の研究、また日本語教育の実践と研究、とりわけ教科書作成などの教材研究の分野において先駆的な業績を数多く挙げて来られました。先生は本学の留学生センターの設立にもご尽力され、センター長をお努めになり、その面からも本学の発展に多大の貢献をなさいました。

最後は、言語社会研究科の新井皓士教授は、昭和46年に経済学部に専任講師として着任されました。後に新設の言語社会研究科に籍をお移しになりますが、34年にわたり、学部ではドイツ語、文芸社会学など、大学院では言語情報解析論などの講義を担当されるとともに、ドイツ近世の文学と歴史を研究対象とされ、先進的な研究にも取り組み、大きな成果を挙げて来られました。先生もまた、小平分校主事、評議員、言語社会研究科長、情報処理センター長などの要職をお努めになり、本学の発展に多大の貢献をなさいました。

以上ご紹介いたしましたように、4人の先生方はこれまで長い間、私たちをお導き下さいました。ここでご来賓、卒業生のご家族、本学の教職員、ならびに卒業生の皆さんとともに、先生方の本学へのご貢献、そして学界でのご業績に対して感謝と敬意の気持ちをこめて、さらにまた、先生方が今後ともお元気でご活躍されますことをお祈りいたしまして、満堂の拍手をもって先生方に感謝申し上げたいと存じます。  - 拍手 -

さて、修了者の皆さん、あらためて課程修了おめでとうございます。心からお祝いを申し上げる次第です。お祝いと同時に、お願いもあります。皆さんが所定の学業を修了し、今日新しい生活への門出に立つことができたのは、なによりもまず皆さん自身が自己研鑽に励まれた結果ではありますが、同時にそれは、家族、友人、先輩や後輩、恩師らの励ましと導き、支えによるものでもありましょう。さらには、間接的なものとは言え、先人が築いてきた学問上の伝統や本学の同窓会組織である如水会の活動等の恩恵を受けてのものであることにも、思いを致していただきたいと思います。

さて、私はこの機会に2つのことを話させていただきたいと思います。第一は、今日の我が国の大学院の状況の一端とその課題についての話、第二は、皆さんに、本学で深められた学問を今後どのように活かしていただきたいかということについての私の要望であります。それらを申し上げて、皆さんを送る言葉に代えさせていただきたいと思います。

そこで、第一に大学院の現況であります。もとよりご存知のことかとも思いますが、我が国の大学院教育については、いわゆる課程制大学院制度の下で、異なる課程それぞれの目的や役割に対応するかたちで教育と研究が展開されてまいりました。すなわち、修士課程、博士課程、そして専門職学位課程の3つであります。

まず修士課程は、第一に研究者養成の第一段階、すなわち博士前期課程、第二に高度専門職業人の養成、第三に市民の多様なニーズに基づく高度な学習需要への対応、という3つの機能を担うものとして存在しています。

修士課程については、論文作成を基本とした従来型の教育のほかに、養成すべき人材の性格に即したコースワーク重視の教育を導入することの検討などが、昨今の重要な課題となっているように思われます。

次に博士課程は、創造性豊かな優れた研究および開発の能力を持って、研究・教育機関の中核を担うような研究者、あるいは、研究能力と教育能力を兼ね備えた大学教員を養成することを趣旨とするものです。中央教育審議会の答申では、今後の知識基盤社会にあっては、博士号取得者が、研究・教育機関ばかりでなく、企業経営、ジャーナリズム、行政機関、国際機関等の多様な場で、中核的人材として活躍することが期待されるとしています。

博士課程に関わる課題としては、近年の学問分野の一層の学際化や融合化の進展への対応のために、あるいはまた、幅広い知識と柔軟な思考力をもつ人材に対する社会の要請に応えるために、たとえば博士課程在籍者が複数の専攻を持つような仕組み、あるいは複数の学位を取得することを可能とするような仕組を検討することなどが挙げられます。

一方、専門職学位課程には、ご存知のように、法曹、MBA、公共政策、教員養成、会計学などが対象として存在しますが、今後も、国際的に通用する高度で専門的な知識と能力が必要とされる多様な分野について、それぞれのニーズに対応して新規の創設や拡充が検討されることとなっているようです。専門職課程には、社会人などの多様な学生を受け入れることを通じて、社会全体の流動性の向上と活性化に大きく貢献することが期待されていることは、皆さんもよく認識しておられることかと思います。

この専門職課程については、理論と実務の橋渡しを適切に実現させるために、実務家教員を含めてバランスの取れた教員構成を作り上げることが重要な課題であります。また最近では、単位を与えることを前提とした長期間のインターンシップを導入することによって、学問と実践を組み合わせる教育をさらに充実させることも新たな課題とされております。

以上に述べてみましたように、今日の大学院については、課程制大学院の趣旨を踏まえて、それぞれの課程の目的と役割を明確にした上で、教育内容と教育方法の拡充と強化を図ることが問題とされているのであります。社会人の再学習の需要がさらに強まってくれば、企業における個々人のキャリア・パスの形成の便宜に配慮しながら、いわゆるリカレント教育に適合した履修の形態等について、今後の検討と工夫が進むことになると思われます。

たいへん長くなりました。大学院はそのような状況の下にありますので、その状況を反映して多様な学生が存在します。本日ここに課程を修了する方々もまた当然に多様であって、教員として日本あるいは母国の大学に籍を置くことになる人、博士課程へ進学する人、企業へ戻る人、新しい仕事に就かれる人、いろいろおられるはずであります。

そこでまず、教員としてにせよ大学院生としてにせよ、大学に席を置くことになる方々については、いま申し上げたような大学院教育の制度的枠組みと課題とを念頭においていただき、今後の大学院教育の改善への貢献をぜひともお願いしたいと思います。

一方、実務の世界に入られる、あるいは戻られる方々には、大学院において研究した事柄を十二分に活用していただくとともに、ぜひ、教育内容の有効性の事後的な検証、企業のニーズの大学へのフィードバック、企業からみた大学院の活用のかたち、連携のあり方等々を意識しながら、あらためて大学を眺めてみてほしいと思います。

ついでながら、昨今、社会のニーズとして大学からの即戦力の提供ということが盛んに言われます。私自身は率直にいえば、即戦力という言葉の定義にもよりますが、それは大学の少なくとも第一義的に重要な使命ではないという考え方もあるのではないかと思っています。むろん、専門職課程においては理論と実務の橋渡しを目指していることもあり、教育内容の実務への接近度は課程によって程度の差はありますが、やはり大事なことは物事の本質を理論的に見極めることですから、即戦力の要請は、もしそれが実務に過度に偏ることによって本来の学習を多少とも犠牲にする部分があるのであれば、その点については慎重に対応すべきものと考えます。皆さんには、企業のサイドからも、検討を深めていただきたいと思います。

以上が、大学院の現状についての整理と修了者へのお願いでありました。第二に申し上げたいことは、皆さんが大学院において身に着けた知識と学問を、これから社会で生かしていくにあたっての基本的な姿勢についての若干の感想であります。

今日の社会では、科学技術の開発や知識財の生産が経済の成長をリードするようになり、その反映として、社会生活も多様性を増し、変化のテンポもますます早まって来ています。組織も技術も人々の嗜好も急速に変わります。そうした21世紀の知識基盤社会において、変化に適切に対応しつつ自己の存在を確立してゆくことは、従来よりも格段に難しいことになっているかも知れません。しかし、皆さんに関して、私はそのことをまったく心配してはおりません。皆さんには、すでに十分過ぎるほどの力が備わっていると思うからであります。

一方、社会の求めに適切に対応するという受動的な側面については問題がないとして、皆さんは、これまでに身に着けた知識と思考力を基にして、社会のあり方に能動的に働きかけ、それを規定してゆくという責務を担っており、同時に、その力を備えています。そうであればこそ、知識をどのように活かすのかということがあらためて問題となります。この点について、これまで学窓を巣立った人たちに対して本学の歴代の学長はそれぞれに適切な示唆を贈って来られました。ここでは適宜それらを踏まえ借用もさせていただきますが、私自身の表現としては、「志」ということの大切さを訴えたいと思います。ここで志とは、私と公の対比において、自己を従に、公共を主に据える姿勢を考えています。

すなわち、知識はそれ自体は正しいとしても、手段である知識は、なによりも、正しい目的に向けられなければなりません。知識はそれ自体がただちに倫理的あるいは道徳的基準に合致するものではありません。我々は知識を正しい目的に奉仕せしめ、その知識を叡智ともいうべきものに高めることに努めなければなりません。また、皆さんの知識・学識はおのずから経済的な富に結びつくものでもありますが、富もまた、それ自体が単純に望ましいものではありません。富が我々を支配し、その追求に我々を駆り立てることがあってはならず、富はあくまでも価値あることを実現するための手段でなければなりません。知識を、学問を、自分のためにではなく、周囲のため社会のために役立てるという「志」を忘れないようにしていただきたいのです。私は、古来多くの人が同じことを繰り返し述べていることを知りました。たとえば吉田兼好は「大いなる職をも辞し、利をも捨つるは、ただ学問の力なり」と言いました。佐久間象山は「おほよそ学は、徳行をもって首となす」と言いました。山鹿素行は「学は志を立つるにあり」と言っています。貝原益軒は「学問するは、善を行わんがため也」と言いました。また山科道安という人は「およそ学問をする人に、その目のつけどころ、何のためにするということなきは、何の益にならず」といっております。また、振り返ってみれば、一橋大学がほぼその建学のときから標榜し続けてきたトマス・カーライルのキャプテンズ・オブ・インダストリーという言葉も、まさに同じ趣旨のことを言わんとするものであったと思われます。知識の力を、あるいは富を、公共と社会に結びつけることが社会科学を生かす正しい道であって、皆さんには、社会に出てこのキャプテンズ・オブ・インダストリーの精神をあまねく世界に示して下さることを強く期待したいと思います。

我々には、自分の知識が実はまことに限られたものであることを謙虚に認めつつも、その少ない既知の知識を総動員してわれわれをとりまく未知の事柄に思いを巡らし、誠実に考え、取り組むことが必要であります。それをなさしめるところが学問の真髄であり、その努力を重ねていくことが我々の知識をさらに高める所以でもあると確信いたします。

このように申し上げ、併せて皆さんのご多幸とご健勝、ご活躍をお祈りし、これをもって本日の式辞とさせていただきます。ご清聴有り難うございました。

一橋大学長 杉山 武彦
2005/03/28

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