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平成28年度一橋大学入学記念講演会

 平成28年度入学式において、駐日オーストラリア大使のブルース・ミラー氏をお招きし、新入生に向けて記念講演を行っていただきました。その様子をお伝えします。

平成28年度一橋大学入学記念講演会「日豪の未来と若い力」

日時:平成28年4月2日(土)
会場:一橋大学兼松講堂
講演者:駐日オーストラリア大使 ブルース・ミラー氏

講演映像

講演(全文)

Good morning everyone, my name is Bruce Miller and I am the Australian Ambassador to Japan.
みなさん、ご入学おめでとうございます。

It’s a great pleasure to be here, and I’d like to thank your university President, Koichi Tadenuma, for inviting me to speak here today.

I’m going to speak to you today in English first, because, as you know, English is now considered an important language for communicating with people from different backgrounds in the international community.

Let me start off by saying congratulations to you all for being accepted into Hitotsubashi University. I know that this university has an excellent reputation, and I’m sure you have all studied very hard to reach this point. You should be very proud of this achievement.

First I’d like to tell you a bit about my background, in particular my life as a university student and the impact this had on my future.

I first became interested in Japan when I was 11 years old. I remember my father, who was an accountant, telling me that the future lies in Asian languages. He said that if I wanted to study a foreign language, I should choose an Asian one. I never got around to asking him why he thought this before he passed away so I don’t know the true intentions behind his words, but he may have been thinking about the future of Australia as a nation in the Asia-Pacific.

So I decided to try to learn Japanese. I started studying Japanese a little bit by myself when I was at high school, and I applied for a scholarship from the Japan Foundation to study in Japan.

This was a life-changing experience for me, and helped me to appreciate just how big the world is, and how many different and interesting cultures there are out there. I was able to learn a lot about Japan, but also inspired to learn more.

So when I returned to Australia and applied for university, I decided to major in law and Asian Studies at the University of Sydney.

Actually, the Asian Studies program at this university was founded by a man named James Murdoch, who taught English to Natsume Soseki when he was at high school. Murdoch only taught at the university for two or three years, but he was very much interested in literature. His educational philosophy was that ‘literature is an art form involving human imagination, and to understand a country one must understand its literature’. This motto was adopted and continued by his successors, so when I was at university, we were required to read original Japanese literary works from quite an early stage. When I was in my second year, I read Mori Ogai, Dazai Osamu, Shimazaki Toson, Kaneko Mitsuharu... I also read ancient works like The Tale of Genji and The Tosa Diary. These were quite difficult for me at the time and I had to use my dictionary a lot, but it was a great experience and got me even more interested in Japan.

I was then able to study in Japan again, this time spending a year at Kwansei Gakuin University. I was blessed with a wonderful host family who treated me like their own son, and I also had some fantastic and inspiring teachers.

Living and studying in Japan got me interested in international relations, so I decided to apply for a job at the Department of Foreign Affairs and Trade, which is Australia’s version of the 外務省. I spent many years working from the department’s headquarters in Canberra, and was also posted to Iran, which was an extremely interesting experience. And since then I have been posted to Japan three times, with my current posting as Ambassador starting in 2011.

It is a great honour and privilege for me to be in this position, at the forefront of the Australia-Japan relationship, which I am so passionate about. When I think back to that time when I was 11 years old, even though my father told me I should pay attention to Asia, I never dreamed that I would one day be Ambassador to Japan. I really believe that the things I learned, the people I met, and the experiences I had during my time at university, have guided me to where I am today.

Of course, these days with advances in technology and communications, it has become more common to study abroad than it was in my day.

Businesses are placing more and more importance on securing global human capital – ‘global jinzai’ – and being able to speak a foreign language is seen as a valuable asset.

So even if you are not interested in becoming an ambassador, or working for 外務省, I would still encourage you to continue to study English, or another foreign language, and also to consider studying abroad.

はじめに

さて、ここからしばらくは日本語でお話させていただきます。国際共通語として重要な英語や、その他外国語を学んで欲しいと言いましたが、先ほど述べたように、私自身も日本語を外国語として勉強しました。学生時代から現在までの数十年で痛感したことは、相手の母国語を使うことで、より深くその人の心に届くメッセージがある、という事実です。ここからは日本語で話すことで、皆さんの心にもしっかりと響くメッセージにしたい、と思っています。

そういう意味で、私は言葉の力を信じています。

英語で話した内容と重なる部分もありますが、一度頭をリフレッシュして聞いてください。

様々な「力」

今、「言葉の力」と言いました。「力」を英語にすると何になりますか。

Powerというのが一番多い答えだと思います。

正解です。

しかし他にも、「力」を表す英語には、色々な表現があります。

代表的なものでは、ability, capability, strength, capacity, そしてresilienceなどです。Abilityは主に能力のことを表します。英語力などの語学力などもこれにあたります。Capabilityも似ていますが、潜在能力、ポテンシャルというニュアンスもあります。Strengthは強み、力強さのことです。Capacityは容積が大きいイメージで、その人の持つ「器」というところです。そしてResilienceは、困難から立ち上がる力です。逆境でもへこたれない力強さ、底力とも言えるかもしれません。今日は英語の授業でもないのに、なぜこのような説明をしているのかと疑問に思うかもしれません。この講演のタイトルは「日豪の未来と若い力」です。でも「力」と一言で言っても、今述べたようにその中には色々な種類の「力」があります。この色々な「力」を頭の片隅に置きながら、これからの私の話を聞いてほしいと思います。

原点となった日本への留学

英語の部分でも説明しましたが、父の言葉がきっかけで日本語に興味を持った私は、大学で本格的に日本文学や日本史を学び始めました。

そんな時、教授の強い勧めもあり、日本の関西学院大学に留学するチャンスを得ました。1982年のことです。

この時の喜びと興奮は、何十年経った今なお、ありありと思い出すことができます。皆さんと同じような大学生だった私は、期待に胸を膨らませて、この日本の地に降り立ちました。私の人生を大きく変えた一年のはじまりでした。

毎日耳に入る言葉が、英語から日本語に変わりました。目に入る風景も見慣れないものばかりでした。低く連なる家の軒先や、こんもりと茂った杜にたたずむお寺や神社。それらはとてもひかえめに、同時に優しくしっかりと、私を歓迎してくれているようでした。

南半球に位置するオーストラリアと北半球の日本では、季節も間逆です。日本ならではの美しい四季に、私は魅せられました。日本では別れと出会いの時期である春は、ピンク色の桜で彩られていました。湿気の多い夏には、あたり一面、せみの鳴き声が響き渡っていました。何気なく小路に入ると、どこからともなく風鈴の音(ね)が聞こえ、耳に心地よく響きました。秋には真っ赤に燃える紅葉を愛(め)で、冬にはしんしんと降り積もる雪を眺めました。

そうやって日本にどっぷりつかりながら、夏目漱石や森鴎外の作品を改めて読みました。そうすると、オーストラリアで勉強した日本への理解が、さらに深まっていくのが分かりました。想像していたのと同じだったこともありますし、日本を肌で体験してはじめて「こういうことだったのか」と、すとんと腑(ふ)に落ちたこともありました。「百聞は一見にしかず」と言いますが、この留学時代ほど、この言葉の意味を実感した経験は、後にも先にもありません。

留学中には、沢山の日本人や他の国からの留学生との出会いがありました。私を自分の子供のように受け入れてくれたホストファミリーにも恵まれました。

こうしてこれから大学生となる皆さんの前に立つと、自分の学生時代がまざまざと胸によみがえってきます。数十年後の今、私は「オーストラリア大使」という、日本において自分の国全体を代表する職務についています。そして本日、日本をリードするこの大学の式典で、皆さんの前でお話しています。振り返ると大学生の頃の留学経験は、今ここにこうしているための原体験だったと感じます。それほどに、若い時期に広い世界へ漕ぎ出す一歩は、人間の大きな糧になるのです。

世界に目を向けて

皆さんにも、これからはじまる大学生活では積極的に世界に目を向けて過ごしてほしいと思います。国際共通語となっている英語をはじめ、何か一つは外国語をマスターし、背景にある文化について学んでください。私は「この話を心でも受け取ってもらいたくて、日本語で話す」と言いました。皆さんも外国語を学ぶことで、その言葉が生まれた土地の「心」に触れてください。そして、できればチャンスを見つけて留学をされることもお勧めします。

一橋大学は海外の大学との交流も盛んだとうかがっていますし、日本政府の「トビタテ!留学JAPAN」などのプログラムもあります。

強調しておきたいのは、留学は、訪れた先だけで終わるものではないということです。自分の国に帰ってからも、内なる留学は続きます。どういう意味かというと、自分が生まれ育って当たり前だと思っていた環境が、新たな視点で見えるようになるということです。

私も日本での滞在を終えてオーストラリアに戻ると、まるで外国人になったような感覚がありました。

オーストラリアならではの個性に気づきはじめ、世界を全く新しいレンズを通して見ている自分がいました。留学に限ったことではないのですが、文化の違いを超えて世界を見つめると、沢山の気づきがもたらされます。勇気を出して一歩を踏み出した先に、どんな世界が広がっているでしょうか。

どんな出会いが待っているでしょうか。

どんな自分に、出会えるでしょうか。

はじめに色々な種類の「力」を意識しながら聞いてください、とお願いしました。学生時代に日本との出会いの一歩を踏み出した私には、どのような力が育ったと思いますか。もちろん、日本語という外国語のabilityが飛躍的に向上しました。しかしそれだけでなく、母国とは全く違った環境に身を置くことで、自分のあらゆるcapabilityが伸びていきました。時には文化や言葉の違いで戸惑うことや、簡単ではないことも経験しましたが、それを乗り越える過程で、逆境に負けないresilienceが鍛えられました。

それらを積み重ねることで、異なる文化や意見に耳を傾け、理解し、それを受け入れるcapacityも、どんどん大きくなっていきました。

私にとっては、それから先の人生の土台となる多くの力を育ててくれたのが日本での経験だったのです。人生経験を経た今、若い時期のこのような経験は何にも代えがたいと断言することができます。

多様性が息づく国、オーストラリア

ここで皆さんに質問です。私のように日本語を勉強したオーストラリア人は、ほんの一握りだろうと思われますか?私は特殊なオーストラリア人でしょうか。答えはNoです。オーストラリアでは、日本への関心はとても高いです。それを裏付けるように、日本語はとても人気のある言語で、オーストラリアで一番多く学ばれている外国語です。

オーストラリア人は他国の言葉や文化を学ぶのに積極的です。その背景や理由は様々ですが、ひとつには、移民を受け入れて発展してきた国だという点があげられるでしょう。オーストラリアは、様々な国から移住してきた人々で成り立っています。

今では国民の内、4人に1人は他の国で生まれた人々です。つまり、外国で生まれて、その後オーストラリア国籍を取った人々が非常に多くいます。イギリスやニュージーランドに加えて、インドや中国、イタリア、ベトナム、中東などからもたくさんの人々がやってきています。

また、オーストラリアの歴史は6万年以上前から暮らしているアボリジニなどの先住民から始まります。オーストラリアという国は、まさに全世界の人々から成り立っていると言ってもいいでしょう。それでも「オーストラリア人」という、共通のアイデンティティを持ち、平和に暮らしています。

そのような背景には、共通の価値観を意識的に持っていることが挙げられます。オーストラリアでは民主主義や自由、法による支配、人権、平和的共存といった価値観をとても大切にしています。自由や人権を尊重しながら、みんなで話し合って決めた法律を守り、違いを尊重しながら平和に暮らす、という意識です。そしてオーストラリアでは、互いを尊重する社会を作るために、その手助けとなる制度を整えています。例えば、私の卒業したシドニー大学のあるNew South Wales州では、’NSW Multicultural’という多様性を促進する公的機関があります。

ここでは100言語以上の翻訳サービスを提供していたり、多様性の観点から州政府に政策提言をしたりしています。また、様々なコミュニティの代表者を集めて、異文化間で対話を促すことも行っています。教育の面でも、移民の社会参加を支援するプログラムで、実際の仕事の技術能力向上を手伝う教育機関が充実しています。様々な国の人々が話し合いを続けながら互いを理解し、オーストラリアという国を一緒に創り上げています。

オーストラリアの特長

このように多様性が息づくオーストラリアでは、大学教育もおのずから国際的なものとなっています。オーストラリアの大学には190もの国から留学生が集まってきており、数にするとおよそ45万人、割合では学生全体の25パーセントにも上ります。この数字は、世界のどの国と比較しても突出しています。このような国際的な環境は、オーストラリアにおいて科学の発展を助けてきました。

みなさんの中には、グーグル・マップを使って初めての場所に行く人もいるのではないでしょうか。グーグル・マップの基礎は、オーストラリア人の研究者によって発明されました。そのほか、医療や資源の分野などでも、新たな科学技術を次々と発明しています。この100年の内にオーストラリアからは15人のノーベル賞受賞者が出ましたが、国の人口比で見ると世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したことになります。世界がますます近くなり、グローバル人材の必要性がこれまで以上に叫ばれる今、皆さんの1人でも多くに、このような国際色豊かなオーストラリアを体験してもらいたいと思っています。

日本からオーストラリアへ行くと、さきほど紹介した、私の学生時代とは逆方向の経験をすることになりますね。北半球の日本から南半球のオーストラリア大陸に行ったら、どんな世界が広がっているでしょうか。季節が逆なので、今頃は、秋が深まり冬に向かっていく時期です。寒い8月や、暑いクリスマスを過ごすのは、どんな気分でしょう。オーストラリアの国土は日本の約20倍と広大ですが、人口は約2400万人で、大体5分の1です。グレート・バリアリーフやエアーズロックなどの広大な自然が広がる一方、シドニーやメルボルンなどの近代的な都市は世界の文化を受け入れながら発展を続けています。『エコノミスト』というイギリスの由緒ある経済誌では、メルボルンが5年連続世界で最も住みやすい都市と評価を受けました。

世界トップ10の都市の中には、一位のメルボルンに加えて、アデレードやシドニー、パースも入っています。国連が発表している国民生活の豊かさランキング、「人間開発指数」では、オーストラリアはノルウェーに次いで、世界で二番目に豊かだと評価されています。

オーストラリアはスポーツ大国としても知られています。先のラグビーワールドカップでは五郎丸選手が大活躍されましたが、彼は今「レッズ」というオーストラリアのチームで頑張っていますね。オーストラリアではラグビーは男性だけのスポーツではなく、女性や子供たちの競技参加も盛んです。スポーツの持つ力を広く社会に還元するノウハウを確立していると言えます。現地に行って、その秘密を探ってみてください。他にも、野球の原型と言われているクリケットや、テニス、ゴルフや水泳、フィールドホッケーやサッカーなどが盛んです。

国を支える強い経済もオーストラリアの特長です。この7、8年、世界の経済は数々の大きな出来事に振り回されました。リーマンショックと呼ばれる金融業界の大事件やヨーロッパの金融不安は、皆さんもニュースでよく耳にしたと思います。

しかし、オーストラリアは長い間の経済改革の成果により、厳しい状況でも成長し続けてきました。外国から優秀な人材を積極的に受け入れることで安定した経済成長を目指し、開放的な貿易を追求することで、高い競争力を保ってきました。皆さんの中には経済やビジネスに興味を持っている人もいると思います。オーストラリアの強い経済の秘密も、探ってみてください。

日本との深い絆

オーストラリアの多様性を紹介した際に、民主主義や自由、法による支配、人権、平和的共存といった価値観をとても大切にしている、と述べました。

日ごろはあまり意識していないかもしれませんが、これらは日本とも共通する価値観です。この共通の価値観を土台として、オーストラリアと日本は深い友情を結んできました。両国のつながりは1880年代にまでさかのぼりますが、世界を分断した第二次世界大戦以降の話をすると、両国の国交は1951年に再び正常化しました。そして1957年には日豪通商協定という約束が交わされ、貿易が活発になりました。この協定によって、オーストラリアからは、石炭、天然ガス、鉄鉱石、日本からは工業製品の輸出が盛んになり、両国は日本の高度成長とともに発展していきました。

現在もオーストラリアは最大のエネルギー供給国として、日本のインフラを支えています。皆さんが今日スマートフォンの充電に使った電気の一部もオーストラリアから来ています。

40年以上にわたって、日本はオーストラリアにとって最大の輸出市場となってきました。そして昨年の始めには、日豪経済連携協定という大きな取り決めが始まりました。この協定により、オーストラリアから日本に入ってくる品物などへの関税が徐々に下がり、貿易が益々活発になっています。

この協定は二国間の取り決めですが、自由な貿易をより円滑に行うための仕組みづくりは、多国間でも活発になっています。

環太平洋パートナーシップ協定、またはTPPについて、ニュースなどでよく耳にすると思います。これは日本とオーストラリアが位置するアジア太平洋地域全体で、共通のルールを決めて、貿易や投資を活発にし、経済を伸ばしていこうというものです。日本とオーストラリアはこの枠組みの成功に向け、努力を重ねています。

自由貿易が皆さんの身近なところでどう影響しているか、少しご紹介しましょう。例えば、オーストラリア産の原料は日本の食卓を力強く支えています。

実は、うどんの原料となる小麦粉を一番多く供給しているのはオーストラリアです。さぬきうどんに使われる小麦粉に至っては、その80パーセント以上がオーストラリア産なのをご存知でしたか。日本の湿潤な気候は小麦粉の生産にあまり適していません。あのこしのある美味しいさぬきうどんは、日本の消費者のニーズに徹底的に応えてきたオーストラリア産の小麦が支えています。

そのほか、みなさんもよくご存知の「オージービーフ」はもちろん、スーパーに並ぶプロセス・チーズの原料のナチュラル・チーズの最大の供給国はオーストラリアです。オーストラリア産のぶどうも近年輸入が開始され、お店で見かけることが多くなったと思います。季節が逆であるため、日本の生産者との激しい競争をあおることはありません。現在、オーストラリアと日本の間には、資源から農業、製造業、サービス業に至るまで、ほぼ全ての分野でビジネスが結ばれています。両国は互いを補完しあいながら発展し、深い絆を育ててきました。これからもその関係はますます深まっていくことでしょう。また、日本とオーストラリアの友好関係はアジア太平洋地域を軸に、世界の平和と安定にも貢献しています。3年前に起きたフィリピンでの台風災害の際は、自衛隊とオーストラリア軍が協力して支援を行いました。さらには、アジア太平洋地域などでの紛争を解決し、安全な暮らしを守るための話し合いの場を作る努力を、共に続けています。

これからの世界へー新しい力

今日の世界情勢を鑑みると、これまでの常識ではとらえられないような出来事が次々と起こっています。その中には、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあります。

この変化に、私たちは柔軟に対応していかねばなりません。先に述べた新しい経済の枠組みや安全保障のあり方などは、その例です。

100年後の歴史評論家は、この時代をとらえて「あれが時代の転換期だった」と言うかもしれません。好むと好まざると、そのような時代に私たちは生きています。

世界は刻一刻とその姿を変えて、時を刻んでいます。私も皆さんも、その世界のまぎれもない参加者です。考えてみてください。同じように見えても、一分前の私たちは、もう今ここには存在しないのです。皆さんは、この一橋大学という素晴らしい学問の府へ入学されました。ここに来るまでに、実に多くの努力と研鑽を重ねてきたことでしょう。その過程で、知らないうちに、自分の中の様々な力が育ってきたはずです。

日本語の講演の冒頭で、英語の表現を紹介しながらいくつかの「力」についてお話しました。

もちろん、そこで紹介した種類はほんの一部です。前述のように、新しい力、これからの人生を開拓し生き抜く力も、一層、求められています。

これからの大学生活で、自分の中にまだ眠っている様々な「力」を探してください。

そして、試してください。

育ててください。

その「力」は、そこから続く人生の、大きな大きな礎となるはずです。

この世界は、そんな皆さん一人一人の新たな「力」を必要としています。

日本へ、アジア太平洋へ、そして世界へ。

皆さんの大いなる飛躍を、期待しています。

ありがとうございました。

ミラー大使ならびに大使館のご厚意により、講演映像と講演全文を公開させていただきました。
無断転用、転載、コピーはご遠慮ください。

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